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2008年3月

2008年3月30日 (日)

美しい桜なれど

目で桜愛でつつ心寂しきか去年の春友桜(花)見ず散りて
生きてこそ桜(花)美しと愛で居れど内に潜みし病む苦しさよ

お天気も良く娘が遊びに来て、公園の桜が余りにも満開で美しいので、孫に車椅子に乗せられて、三人でお花見に。桜をバックに写真を取り、又見られるかなと思いつつ。家に帰り一人になり、昨年の未だ桜が固い蕾みの中に大事なお友達の訃報が有り悲しい思いをした事が寂しく思い出されました。そして今生きて入ればこそ此の桜を美しいと愛でられますが、表には出せ無い、重い病を持つ身、複雑な気持ちです。他に悩みは有りませんが。

2008年3月29日 (土)

希望 吾  孫

未来には何も希まぬ生き様は悟りに見えど只無責任
希いしが吾夢事と思いたる孫難関の就職内定

今の私は未来には何も望みは持たず欲も無い。端から見れば悟りにも見えるが、実のところ何も自分に責任を持たぬ、只生きているだけ。然し孫は寝る間も惜しみ、勉強し私を毎日お風呂にも入れ、細かい事迄面倒を見て呉れました。就職活動もピラミッドの頂点を目指してと、夢の様な所ばかり、然し全て順調に進み、第一希望に早くも合格、内定を頂き、大手のバンクも企業も皆お詫びのお断りを。今日は誕生日より嬉しいお祝いをしました。私は孫の進路が決まる迄と頑張って来ましたが、此れでほっと肩の荷が下りました。後はのんびりと生きます。何時も孫に「意思有る所に道有り」と言って来ましたので、流石と褒めたいです。此れから資格の為の勉強にと張り切って居ります。そして私の体調の良い時教会に二人でと約束しました。

2008年3月28日 (金)

今日の事

桜(花)盛り囲みぼんぼり並び居て老いも幼も華やぎ楽し
咲き初めし桜(花)惜しみ無く散らし行く小鳥の群れを愛し見つむる
久々に外に出たれば春多しモクレン、コブシ、花数え行く
夜に入りて帰れば灯る自動灯誰も居らぬに吾待ち嬉し

今日の一日はこんな事でした。公園の桜は満開。でも未だ散る筈無いのにぱらぱらと固まって新しい桜が落ちていて、見上げれば雀らしく、次次に落として居ました。でも憎めないかわいらしさが。勿体無いけれど。そして駒沢通り迄車椅子で、家家の庭にもモクレンあり、コブシの花あり数えきれない程の花々で、春は一杯でした。只遠い病院で往復待ち時間等車椅子、治療の椅子で同じ姿勢さすがに疲れました。でも通わなければ、治療が出来ませんので頑張ります。家に帰ったら夜になり、玄関の前に付いたら外灯が自動で明るくともり、誰かが、出迎えて呉れた様で何と無く嬉しく思いました。

2008年3月27日 (木)

静夜  躊躇いつつ

静夜を恋歌詠みて過ごし居り今更此の身何を燃やすか
沈黙の心の闇にたゆたうは触るる人無く逝く寂しさか

傍らに孫の居る事忘れたり寝息も立てず疲れ果てしか

春とは言え未だ夜は寒い。そして静かな夜。一人静かに感動の薄れゆかむを惜しみつつ、敢えて恋歌を詠んで居ります。と言って現世では逢えぬ人。言葉は自由だが心は寂しい。ふと見ると傍らに何時もの様に孫がねています。毎日の就活の面接続きで緊張したか、寝息も立てず疲れ果てた様に。いる事さえ忘れる様な静かさです。(今日から医科歯科大に通院します。最善を尽くして下さる先生の治療を楽しみに。)

2008年3月26日 (水)

早春なれば

柔らかき赤に芽吹いて新緑にやがて深紅に紅葉美し
花冷えの静夜に耐え桜花陽の差しくれば愛でる人垣
土筆をば知らぬ子ばかり寂しきか杉菜の子供なお判らぬと

裸木と思えた、私の四十数年育てた鉢植えの紅葉が未だ開かぬ、柔らかい赤い芽を出しました。愛しいです。此れがやがて手を開き緑の葉に、そして秋には美しく紅葉し、そして深紅に四季折々の目を楽しませて呉れます。小さいけれど一人前の紅葉。今桜は開き初めましたが花冷えか夜はさすがに未だ人は夜桜を見に来ません。然し昼になれば前の公園の桜は日に日に見事に開き、大勢の人が楽しみにお花見に来ます。古い本の間から土筆の押し花が出て来ましたので、孫達に見せたら、聞いた事は有るが知らないと言う。押し花をみせ説明し「杉菜の子と言って杉菜の地下茎に胞子として出て来るのよ」と食べられる事、以前は家の庭にも有った事等教えたら余計判ら無いと、土筆も知らない今の子供は可哀想だと思いました。そして寂しくも。

2008年3月25日 (火)

花冷えの中の温もり

桜(花)咲くと誘われ出でし公園に花冷えの中首竦め居り

開花宣言通り今年は前の公園にも桜が咲きました。主人が旅行で一人心細く寝て居りましたら、孫が早めに帰って来て、「ばば公園の桜思ったより咲いているよ。昼間は連れて行かれないから、今連れて行くから、」と誘われて暖かくして、家の前なので早いお花見に行きました。明るい街灯の下に3分咲き位に美しく映えていました。他ならぬ孫の誘いなので行きましたが、花冷えが酷く、思わず首を竦めてすぐ帰って参りました。孫と私の心は暖かく。

泣きました本田美奈子と岩谷さんボイスレターをテレビで聞きて(NHK)
骨髄で尊い命救えると出来れば上げたし肝炎哀し

私は難病で病院を変える度本当の決断を下す度、髄液の検査。ミエロも合わせて十回以上髄液を抜きました。確かに簡単でない場合も有りましたが、此れで若い命を救えるなら登録して差し上げます。然しC型肝炎の為に何もお役に立てません。どうぞ皆で救って上げたい。良い薬が出来る事をお祈りします。本田美奈子の病床に有り乍らの優しさと天使の様な声に泣きました。

2008年3月23日 (日)

私の性

もう一度繰り返せるか人生をなれど私は又吾になる
心良き人に逢えたる嬉しさよ日々睦むれば別れ難きか

日々何と無く動けぬままに季の移ろいを感じつつ、もう一度人生をやりなおせ無いかななんて、考えて居ます。でも矢張りどうも又同じ道を選びそうです。平凡な女の道を。優しく子供を、孫を、人を愛する。今ブログで色々の方に出会い、励まされ、人の暖かさに嬉しく感謝致して居ります。でも日々心許し親しくさせて頂いて、どんな方かは知らないのに、私なりにお顔が見えて別れ難い方になりそうです。人生って楽しく、不思議な物ですね。ひばりさんのお歌では無いけれど。

2008年3月19日 (水)

吉野への思い

諦むも心揺らぎぬお別れの友等記念に吉野に行くと
花ならば一度は見たしと思いたり吉野の桜咲くも散ぬるも

今年も桜の季節が参りました。過日最後のクラス会のお集りに、今年最後の記念に、吉野の桜を見に行きましょうと話しが纏まり、開花に合わせて行く事になったそうです。帰りに京都に回りお花見がてら散策にと。「貴女も行けると良いのにね、お写真撮って来るわね。」と、全て諦めていたつもりの私ですが、吉野の言葉に心が揺らぎました。勿論行かれぬ事は知り乍ら、一度は吉野の桜をと昔から思って居りましたので、健康ならお友達と実現出来たのにと残念です。山桜かな?等と平安時代に思いを巡らせて、若ししたら歌が読めたかもしれない。何て考えています。

2008年3月17日 (月)

目にも春

うつせみの吾籠りしを愚痴居れど春の訪れ目にて捉えぬ
吾が家の庭春たけなわと言わんかな紅白の木瓜桜草満開

今日の暖かさで、母の残した赤い木瓜の隣に植えた白い木瓜も一斉に大きな花が開花しました。その上桜草も沢山増え満開。その他の名の知らぬ花に、取り残した蕗のとうが立派な花を小手毬の様に咲かせ、我家の庭にもやっと春一杯になりました。家に閉じ籠り出られぬ愚痴を花々が一掃させてくれました。此れからは増える花を数え乍ら、春を存分楽しみましょう。良い事有る様に。

2008年3月16日 (日)

日々整理しつつ

平均の寿命のびたり寂しきか頑張ったってなおも遠のく
吾が若し急に逝きたらと口に出し誰も違和感持たぬ日々なり

老いて病めれば平均寿命がのびたと知らされても、却って寂しい、此れからいくら頑張ったって、段々遠ざかって行くので。今少しづつやり残した整理をして居り、「此れだけ急に逝った時最後に始末して、」と捨てずに残してあり、此れを前は嫌な顔をされ、自分でも寂しい思いでしたが今は何の抵抗も無く、口に出せ、周りも当たり前に聞いてくれます。そういう時になったのでしょう。

2008年3月15日 (土)

日々悩みいし

死と永遠頭の中を駆け巡る此の身死すとも魂永遠
愛故に生かされていし此の命わが生き甲斐は愛の一文字

長い病苦に生き甲斐さえも見失った様な毎日でした。でも本当の生き甲斐をやっと見つけました。其れは全てに通じる愛の一文字です。もう何も悩む事無く心平安に過ごせる自信を持ちました。皆様の愛も頂き、私も愛を与えたいと思います。

2008年3月14日 (金)

一本の梅なれど

公園の一本の梅満開に人ら愛で居りやがて桜か
梅の香に誘われ見れば人のみか目白の番花に戯る

前の公園は桜の木に囲まれ開花の頃は大勢の方が、夫々の楽しみ方で集まり、春を心いく迄楽しみます。然し其の前にたった一本ですが大きな梅の木が沢山の花を満開に、未だ寂しい公園に、来る方の目を奪い、春を感じさせてくれます。そしてやがて咲く桜の蕾みを確かめて、大きな楽しみを持って帰ります。私も通院の車からおりて、目に飛びこんだ梅の花に暫し見とれて居りました。梅の香を感じ。何と目白の番が戯れて居り楽しみも倍増でした。

2008年3月13日 (木)

病より逃れ感情移入

病む痛み我慢しつつ胸焦がす冬のソナタのヒロインになりて
冬ソナを続けて見れば息詰る恋の悩みを此の年に知る

落ち込んでいる所へ、少しでも息抜きにとお友達がもう数年前に話題になった冬のソナタのDVDを、途中から見たのでと話しましたら、全部を送って下さいました。毎日只寝てばかり居りましたが。見始めましたら、話題になっただけあって、本当に美しく途中で止めるのがたまらない程進行が気になり出しました。そして考えればたかがドラマ、でも感情移入してしまいまして、恋とはこんなに苦しい物かと、若い時にこんな胸が詰まる程の恋をした事があったかしらと昔を思い起こして居ります。実際に恋をしている訳では無いのにこんなに楽しめるとは思いませんでした。未だ純情なのかな?とこんな病人なのに。(今日医科歯科大に行って来ました。結果は最悪の覚悟した通りで、治療は麻酔科の先生も付いて最善を尽くして下さるそうですが、物を食べられる望みは有りません。痛みだけ取る事。)

2008年3月12日 (水)

孫の就職活動

就活の始まりたればいっちょらのダークのスーツを孫は着て行く
今日も又希望緊張面持ちで会社面談孫は出でゆく

何時迄も可愛いい孫と思って居りましたが何時のまにか成長し、今未だヒョロヒョロですが183センチの見上げる頼もしい男子になりました。忙しい中、私を毎日お風呂に入れてくれ「ばば今年一杯は頑張って、此れが終わったら、もっとばばの面倒見られるから」と。「うん貴方の進路を見届けなければ、頑張るから貴方も頑張って」こんな会話をし乍ら、少しずつ着慣れて来たダークグレーのスーツを着て緊張した面持ちで「行って来ます」と出て行く孫を送り出しています。「希望の進路に合格します様に」と心でお祈りしつつ。孫には世話を掛けない様にと頑張ります。

2008年3月11日 (火)

心は負けぬ

奮い立つ其の裏側に憂いあり吾が意に背く痛み募りて
心では己が痛みにうちて勝つ自信持ちしが動けぬ悔しさ

落ち込む心から救われ、這いい出して、一代決心をしたのに、低気圧か何か外的原因で強い痛みがでて、中途でやりかけの事を投げ出して、ベットに潜り込み、、何とも言えぬ悔しさが込み上げて来ました。足がおろせないので車椅子にも乗れない。此の痛みは周りの人には言いません。今の医学ではどうする事も出来ぬ脊髄からの痛み。アンカの下にいれじっと安静に少しでも安らぐ時をじっと待つ、他の痛みを誘発しない様に。心が負けない様にお祈りし乍ら。

2008年3月10日 (月)

暖かき情

閉ざされし狭き視野にて諦めし生き甲斐貰い生きる意味持つ
人の言う一会の縁有り難き消えたる意欲又火の付きて

余りにも苦しい環境(術無き病)に運命をのろい、未来も無く、寿命と言う死を待つだけの余命を生きて居りました。人間はそんなに悟れるものでも無く、強くも無く。然しふとした縁で有る方に、生き甲斐の有る時間を頂きました。こんなにも人の心の優しさに触れ、変われる物かと自分でも信じられないくらい、明るい明日を持つ事が出来ました。寝てばかりの毎日では無く、一日でも長生きしなければと思う欲が出ました。無理は出来ませんが、精神的に充実感が出ました。お顔も知りませんが本当に感謝して居ります。有難うございます。頑張ります。

2008年3月 9日 (日)

早春なれば

はろばろと海を渡りて来し黄砂戸惑いおりぬ目にみえぬ客
摘み忘る蕗のとうあり伸び始め穫るか其の侭花咲かせるか

良い気候になったと思っていたら皆花粉症や、黄砂に悩まされて居り、マスクを忘れない様にと。渡り鳥は歓迎されますが粒子の細かい黄砂は肺に入ると色々悪い症状が起こるから注意しなさいと。遥々遠い所から海を渡り日本に来たのに迷惑なお客です。目に見えないだけに厄介です。庭に此の前娘に摘んで貰い美味しいみそ汁を作った蕗のとうが摘み忘れて何本か伸びて来ました。今なら摘んで刻めば食べられる、此の侭昨年の様に伸ばして、白い花毬の様な花を咲かせ様か迷っています。自分が病むと花の命迄大事に考えます。

2008年3月 8日 (土)

夫旅行きて

旅に行き夫留守なれば携帯でウニと刺身を孫買いたると
吾が思う以上に吾を知りたるか孫は買い来るわが好物を

朝から主人は旅行に行き、家族皆出かけ娘も金曜日は有る勉強のために何時も遅い。たった一人の私を孫は心配して、塾は振替、夜6時に電話して来ました。大丈夫と言う私に、何か食べたい物無いかと。噛めないので、「ウニと中トロを買って帰るから、二人で食事しよう、だから食事待っていてね。」と本当に嬉しく思いました。せめて吸い物と卵とお豆腐の簡単な物を作り、サラダを用意して待ちました。私は野菜ジュース。帰って来て孫が盛りつけ、「静かで良いね」と言い乍ら今日あった事等何時もの新しいニュースを吹き込んでくれました。明日の夜は娘や下の孫と三人だと思います。楽しい食事でした。どんな薬より楽になります。

2008年3月 7日 (金)

今を生きる

此処からは立ち入り禁止と言う様に何故か避け居る過去の思い出
体調の悪しきは何処と聞く前に良いとこ有るか聞いて欲し今

季節は春と言うけれど、進み行く病は、季節とともにある。動け無くなってまさかこんな事は考えていなかった甘さを後悔します。今迄は三歩下がって二歩進みと、悪くなっても、又良くなり少しづつの変わり様で未だ未だ余裕が有ると思って居りました。然し今は悪くなった所は良くなる事は有りません。全て此の上に重なって行きます。取れる痛みだけは取って欲しいと医科歯科に行きますが、失っても、良くなって物を食べられる様になる事は望めません。先生も前の様に「悪い所は?」とは聞きませんが知らない先生は「何処が?」と、今の私は悪い所より、「どこか良い所有りますか?」と聞いて頂いた方が早いです。「口と頭だけ」と一言で済みますから。

2008年3月 6日 (木)

詠み人知らず      戯れに

ご免なさい今日は自分の歌は書けませんが、子供の頃からどうして覚えたのか、判らないまま今でも口から出て面白いなあと思う歌の様な物が有りますので書いてみます。ご存知の方は教えて頂きたいです。

大きい歌    天と地を丸めてぐっと飲んだれど小さき物か歯にも当たらぬ
小さい歌    蚊の鳴く涙に舟を浮かべて其の舟の船頭の歌う声の細さよ

今の時代どう捉えられるか判りませんが昔の人は面白い遊びをしたのですね。春と冬に翻弄されて一日寝て居ました。楽しい夢でしたが「此れがこの世の最後の夢」何て言って。歌にもなりません。
 戯れに       火に油注ぐが如く燃え盛る消さんとすれどなお募る恋
(お笑い下さい) ハンカチに残る君の香愛おしく一人寝る夜は頬に当てなむ  

2008年3月 5日 (水)

毎日毎日

テレビでは得られぬニュース持ち帰る孫待ちおりぬ未だ好奇心
探し物ばかりしている夫のいて吾も目で追い探して居りぬ
車椅子只動かして疲れはて日々迎えるか起きられぬ朝

1、毎日此れと言う事の無い決まりきった生活。テレビのニュース、パソコンのニュース見て、然し其れとは違う生きた社会のニュースを持ち帰って来る孫の帰りを楽しみに待つ。寝て居ても未だ好奇心の固まりみたいな自分に気付き可笑しくもなる。私のアンテナでは捉えられぬ事。2、此のごろ毎日探しものばかりの主人に、呆れ乍らも、困っている様子なので、つい私迄あそこか此処かと目で探しています。時には目の前に有るのを知らせます。3、自分の最低の事しかしない私が、朝疲れきって、起きられません。起きてしまえば何とか一日持ちますが、考えたら狭い部屋で車椅子をこまめに動かすのが筋萎縮の私には重労働なのですね。情け無いけれど。

2008年3月 4日 (火)

弥生 絵葉書の雛

三寒と四温に惑う桜草春の陽差しに冬の風吹く
窓外は暮れんとしつつ寂しげな猫の鳴き声雨戸閉じれぬ
立体の雛の絵葉書送られて飾れば七段あられを供う

早くも弥生、でも三寒四温の言葉通り暖かく、一寸油断すると寒くて、ストーブを。人間も庭の花も戸惑っています。水は冷たく指が痛い。夕暮れに寒いので雨戸を閉めようとしたら、子猫が覗き込み。寂しそうな声で「ニャオーン」と鳴いている。何故か可哀想で雨戸が閉められませんでした。寝ている私にお友達から、分厚い封筒が、開けたらお手紙にお雛飾りの思い出がぎっしりとかかれ、枕元に飾って下さいと開くと七段飾りの綺麗なお雛様が。流石と思いました。何処で探して下さったのか暖かいお心に思わず、「お雛様嬉しい」と声を上げてしまいました。女の子の孫が、あられとお雛菓子の小さい三色のお団子を買って来て供えてくれました。本物は飾れませんでしたが、赤い毛氈の可愛いお雛様に孫と笑顔をかわしました。「此のお雛様貴女に上げるから、来年も飾ってね」と孫に。

2008年3月 3日 (月)

身近なれど。

真夜中に突然音が鳴り出してテレビ始まるリモコン落下
娘が来たり嬉し夕餉のみそ汁に蕗のとう摘み春の香満てり

身の周りの手の届く所に殆どの物が置いてあります。孫は風邪で居無く一人なのに、夜中突然大きな音がしてテレビが始まったので、何事かとビックリして起き電気を付け見回したら、リモコンが落ちて何かにぶつかりテレビが付いたのです。今度は離しておきました。何と言う事は無いけれど驚きました。今日上の一家は風邪で絶縁、下の娘が来て呉れましたので気になって居りました蕗のとうを摘んで貰い食べたかった蕗のとうとなめこのみそ汁を作って貰い、久しぶりに春の香に満ちた夕餉を頂きました。幸せです。庭にあるのに取れなかったので。

2008年3月 2日 (日)

七色の虹の雲

一片の雲七色に輝きて魅せられし三人二人みまかりぬ

丁度桜を咲かせましたので、忘れられない思い出を語ります。私が首の手術で入院していた時の事ですが、急に真っ暗になり大雨が降りました。雨が上がり雲の固まりが流れ、その内の一塊が七色の虹の様に光り輝きました。私は窓際のベット、隣に、大学を卒業しお勤めを始められたお嬢さん、其の隣入り口が八十歳のおばあさん。お隣のお嬢さんは私も後で知りましたが脊髄に癌が、何時も私を頼りに甘えて、私も可愛くて元気づけて居りました。おばあさんは「内の嫁さん」と私の側に来て外を見乍ら話しておりました。其の三人が七色の虹の雲を珍しく声を上げて見とれて居りました。気が付いて、私がカメラを出し薄れかかった其の雲を写真に取りました、後で大勢の方に聞きましたが、あんな大きな病院で誰も見た人が居ませんでした。その後私は先に未だ早いと言われ乍ら暮れに退院。お正月に弟が若く亡くなり、娘が切迫早産で入院、上の孫を預かり、苦しい年を迎えました。無事に三月下の孫が生まれホットして、気になるお嬢さんとおばあさんをお見舞いに行きました。元気が無く心配で一週間後に又行きました。三月二十六日、桜が咲き初めた日に、死期洗礼を受け皆に看取られ乍ら若い命を召されました。続いて元気だったお婆さんも肺にかびが生えて亡くなりました。悲しみとショックで立ち直れませんでした。未だに一片の雲が虹色に輝いた原因も判りません。お分かりの方が有りましたら、教えて下さい。桜は悲しい花になりました。今も悲しみに耐えられなかったお母様と文通を致してお嬢さんを忍んで居ります。

2008年3月 1日 (土)

寂しくて書いてしまいました

四季問はず心癒せし海辺にて打ち寄す波と返す波聞く
アルコール飲めぬ吾なりタンブラーの氷り抜け行くジンジャーエール

書け無くなったので諦めましたが、食事は入ら無いのに、寝て居ても一人寂しく書いてしまいました。寝て居ても取れぬ痛みに、つい起きて。パソコンに辿り付き又同じ下らぬ事を。此れから生きて居る限り少し勉強します。毎日は書けませんが宜しくお願い致します。矢張りがんばりやとして。

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