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2008年2月

2008年2月27日 (水)

希み

北京見て秋の日差しを集めたる美し紅葉一片と散りたし
移りゆく季を全身に受け止めて笑みて逝きたし心残さず

抱えきれない問題の山積した世の中、個人のこんな願いを抱いてはいけないと思いますが、余りにも長い闘病生活に快方の見通しも無く尚重ねゆく病に疲れました。叶えられるなら夢を見て、秋の美しい紅葉が命を終えて散り行く其の一片として散り逝きたい物だなーと思います。

2008年2月26日 (火)

自然とは

自然をば美しと思いあくがるが自然の災害恐ろしさ知る
陽は優し待つ木瓜の花開きたり後は閉ざせしわが心だけ

自然の美しさに常に憧れ、海、山を愛して何時かと夢見て居りますが、ニュースで見ましたが其の半面いったん牙を剥くと自然の破壊力ははかり知れません。今日本海側で災害に見舞われ大変です。春の訪れを喜んでいますが、良い事ばかりでは無く、花粉症の方も、何故か私も体調が悪く、心も閉ざされて未だ春を喜べません。春と言う言葉は凄く良いのですが。

2008年2月25日 (月)

春の嵐越え   (私も)

冬と春行きつ戻りつ花や木は春の嵐を知りて芽を持つ
揺れ動く裸木見れば新しき芽の膨らみて木瓜の季を待つ

昨日春一番の荒ましい風が吹き春の訪れを感じましたが、今日も続いて強風が吹き荒れ木々を揺らせて居りました。下においてある花鉢もころころ転がって。つい今迄裸木の一つとしてみて居りましたが、木瓜の木にふっくらと新芽の固まりが沢山付いて居りました。激しい風に折れるかと思う程でしたが、毎年必ず迎える春一番を無事に過ごし、もう少しで沢山の真っ赤な花を開かせるでしょう。此の木瓜は亡き母が長年可愛がり育てていた木なので、今は大きくなり益々元気で花を咲かせて呉れますので、懐かしく母を思い出し力を貰っています。強い生命力を感じます。(病気が病気を呼ぶのでしょうか。頑張っても、頑張っても、悪い所が増えて、病院に行くのも躊躇います)

2008年2月24日 (日)

春一番

揺れ止まぬ木々の梢を見据えつつ空にゆったり白き雲ながる
余りにも穏やかなりし日の続き突然の風鉢皆落ちる

昨日迄あまりにも暖かく穏やかな日が続いて居り、今日もお天気がよいので、日々の事だけれど庭を眺めて居りました。見れば木々の梢が唸り合う様に揺れ動き中々止みませんでした。家の中は静かで外の音は聞こえませんが、お天気変わるのかしらと、空を見ましたら、青空に白い薄雲がゆったりと何事も無い様に流れて居りました。外に出た主人「何だ,凄い風で盆栽や花の鉢がみんな落ち、割れてしまった」と大声で叫んでいました。其の後ニュースで今日は春一番の風が吹きました。昨年より何日か?遅く。と、外で方付けているがっかりした顔が浮かんで来ます。

2008年2月23日 (土)

夫も老いしか

健康と言えど老いしか息荒き通院の吾車椅子押す夫
煮えたぎる音気になりて見に行けば青菜かたわら主は何処か

まず健康と一日一万歩を目標に本当に歩き、百歳迄健康にと自負する夫。少しの変化でもすぐ病院に行き、皆からも「お元気ですね」と何時も言われます。然し一人では気づかないが私を乗せた車椅子を、近くの先生迄押して呉れ乍ら、「年かなー」と息を荒げて居りました。元気なのですが物忘れが多くなり、パソコンも何時も孫に聞く様になり、矢張り年かなと私も感じる事が多くなり、心配です。ガスの消し忘れ、等。お湯が煮えたぎって居り見れば野菜が側に有り、呼んでもいない、当然私がしますが。帰って聞けば「あっ忘れた、盆栽に水をやって来た」と、神様がこんな私を生かせて下さるのは、こう言う役の為だと思いました。安全な電気に換える様に言うのですが頑固で受付ません。何もしない私はガスだけは何時も見守って居ります。孫も家は二階ですので何時も見ています。娘が心配してお湯を少し湧かすのに、すぐ湧く電気ポットを買って来たのですが、相変わらずガスで本当に頑固です。

2008年2月22日 (金)

春の陽

春運ぶ風穏やかにまとい来て開く窓よりカーテン揺らす
美しき花並び居る春の庭陽暮れ行かば全て何処に

そろそろ吹く風にも春の香りが、余にも寂しい庭に、主人が花の鉢を沢山並べ、にぎやかに、花の名前は判りませんが、華やかに春の息吹きを感じる様になりました。暖かさに思わず開けた窓から纏わり付く様な暖かい風が入り込みカーテンを揺らして居りました。重い心が少し軽くなり、楽しみましたが、矢張り日が何時しか暮れて、見ればあの華やかな庭も只の墨一色お陽様あってこそですね。 (只一つなら肝炎なんて怖く無いですが、重なると心は重い。)

2008年2月21日 (木)

思い、季節

ほのかなる温もり増せし心地あり戻りし孫の寝息を聞けば
季節あり只それだけで体調の崩れし理由皆つけおりぬ

十年以上私を心配して、自分の部屋が有り乍ら、夜はお風呂に入れてくれ、そして私のベットの隣に布団を敷き何時でも何か合ったら対処してくれている孫が、ゼミの合宿で三日程留守で。くどい様に注意して、周りの人に留守中の事を頼んで、まるで保護者みたいな存在の孫が帰って来て、隣に又陣取り、疲れて先に眠り、其のすやすやとした寝顔と寝息で何か此の部屋に温もりと安堵を感じました。今日看護婦さんがみえ「春になると花粉症が出て辛い。今日注射を打って来たの」私は寒い冬、五月の良い季節は五月病?暑くなると熱中症が怖い、なんて季節ごとに何か病気が。

2008年2月20日 (水)

生きてる故

運命とは予測出来えぬ事なれば今の吾あり然し死確か
過去と言う忘れ難きがよみがえり静もる心かき乱し居り

今あまりにも転び、体調の崩れ、薬の副作用が重なって、寝ている生活が多く、頑張っても、頑張っても、私に取って不幸な事が重なり、此れも予測し難い運命の力だと、心静めて居ますが、時間が有るままに過去を色々思い出し、悔いの残る事迄出て来て、折角心静めて静かに余生を送りたいと思う私の心を、掻き乱して居ります。未だ修行が足らないのですね。予測出来ない運命ですが、、死は確実に来ると言う事。其れ迄又新しい病と付き合はなければならないとがっかりして居ります。

2008年2月19日 (火)

病名増えて

進み行く脊髄損傷堪えしが陰に潜みし肝炎までも
今更に病名一つ増えたとて何も恐れぬ怖き廃用

今日もお天気で良かった。と言うのは病院の、定期診察日でしたので。余拘りませんが、最初に、「吐き気しない?」と先生がおっしゃるので、何時も胃が痛く訴えているのでその所為かしらと思いましたら「今迄おとなしくしていた肝臓(C型)が珍しく暴れ出したから」と検査の結果を知らされました。「今日もう一度検査して、悪くなっているようだったら、インターヘロンを使います」と電話で知らせますからとの事。その後で、暮れに転んで尾てい骨を打つた事、膀胱炎を起こして点滴を続けた事を報告。又?と困った顔をなされ、私の方が、申し分けなく思いました。優しい先生だけに、先生のおっしゃる通りにすれば良い事。「其れより転んだら骨折して動け無くなるよ」と注意された事が響きました。麻酔の先生も、「薬の量を少し増やしましたから、楽になりますよ。何も変わり有りませんね?」と何回も見に来て下さいました。御陰で氷の様な足が暖かくなり、痛みも取れ天国でした。でも今は痛みが出ましたが、呼吸は楽になって居ります。週一位近ければ通うのですが遠くて。因に星状節神経ブロックです。其れに肩、首。

2008年2月18日 (月)

今日は一人

憂れい無く暮ゆる冬陽を目で追えば庭にピンクの桜草あり
冷蔵庫音籠りいてうるさきか静もる冬の夜に眠れず

何時も面倒見てくれて夜も隣に寝る孫が、ゼミの合宿で三日間の旅行。朝目が覚めたら、もう誰も居らず、全て不自由の無い様に今日の分は一人でも大丈夫にして行って呉れました。安全を守って余り動かず静かに過ごしマラソンを見たり、お天気が良く日の暮れる庭を見て居りましたら、もう桜層が一輪綺麗なピンクの花を開いて居りました。夜は会話の弾む孫も居無く、下の孫に早めにお風呂に入れて貰い、安全を確かめたら「お休み」と二階に帰りました。テレビも見終わり,何の物音もしない冬の此の静もりの中、冷蔵庫の音が籠った様に煩いのが気になりました。常には気付かぬ音。矢張り話相手のいない夜は寂しいです。

2008年2月17日 (日)

足りない

何か無く一つ抜けたる気分にて今日一日は満たされぬ日に
ジグソーの完成間際気付きたる失せしピースの一つに寝れぬ

一生懸命生きて居りますが、今日は何が欠けているのか思い付かないが、何か足りないまま心満たされぬままに終わってしまいました。娘も来たのですが、言い忘れたのか気になります。
ジグソーパズルは始めは時間つぶしにやっていたのですが、其れがミイラ取りに。家事をやり乍ら1000ピースを2日で仕上げたり。病気になり動けなくなり、変わりばんこに娘が買ってくれ、下の娘が外国の画家の美しいが難かしい2000ピースの絵を二つ木製の枠とともに買って来てくれたことがありました。「いくらママでも此れだけ有れば一年はもつでしょう」と言われ見れば難しい。然し初めたら、病気も忘れ、寝る間も惜しんで2000ピースを2週間で仕上げ、二つを一ヶ月でやり遂げました。私の家と娘の玄関に飾ってあります。私の部屋も絵を外して、ジグソーパズルで一杯です。自然の絵が殆どですが。
今あまりにも空しい日々ですのでパソコンでノートルダム大聖堂の1000ピースを買って出来る時に作って居りますが、最後に一つないのに気付き掃除機の中迄探しましたが、見つからず、取り寄せるしか有りません。たった一つのピースの為に寝付かれませんでした。

2008年2月16日 (土)

時を持て余し

時間と言う制限の無き病む身には短世と言う日月長し
計画を一応立てて生きおれどその日伸ばしで何時か時効に

皆出かけて一人の事が殆どです。私は痛みの出ぬ様に少しでもベットに居たいので、特に時間に縛られる事も無く、朝も薬に間に合う様に起きて、流動食を作り薬を飲み、身の回りの事をすればもう何も無い、新聞を読んでニュースを聞いて、その日まかせ。一日、飲む食事と薬だけ。後はマッサージの先生、看護婦さんと、麻酔の先生の注射を受けるだけ。時間はあちら次第。そんな中で一応計画は立てるが、体調次第。だから皆は一日が短いと、時を惜しんでの生活ですが、私には一日が長くて。痛い時間が早く終わって欲しいと思うだけです。無責任な生活。

2008年2月15日 (金)

今の私

此の病持ち居る人の悲しみは見た目正常機能果たせず
筆まめの吾の悲しみ字の書けず和紙の便せん山ほどありて

今迄あまり痛みばかりに捕われて、どうにか治したいとその事ばかりでしたが、今は進むばかりで、何の術の無い事を悟り、却って気持ちにゆとりの出来た所為でしょうか、現在有るハンデやなせばなるが出来なくなった悲しみか、色々悔しさとして考えてしまいます。お友達から色々お便り等頂きすぐにお返事を書いて居りましたのに、書ける時にと、先延ばし、結局書けなくて、ワープロの印刷。今迄は、字を書くのが楽しくて、便せんも選び、鳩居堂に行き、色々季節に合わせたり、集めるのが大好きで、引き出しに一杯有ります。印刷にはそれなりの紙を選びますので、此の侭残して行く事になりそうです。其れに私は一見特に目立つ事無く、お化粧して、服装を整え、椅子に座ってお話している分には、何処が病気か判らず、短時間の面接ではいくらでも誤摩化せます。然し動けず、歩けず、食べられず、体の中はぼろぼろです。

2008年2月14日 (木)

素直ならずか

期待等もう持ちおりぬいっときの慰め欲しさに只うなずきぬ
萎みゆく花見る事のしのびなく見舞いに呉れし薔薇玄関に

余りにも寒い日々。体調を崩したまま戻れません。周りの方は、もう直き春だから暖かくなればと慰め、励まし、今日はお友達が赤い薔薇を沢山持ってお見舞いに来て下さり、暖かくなればと、皆春に期待して暖かい言葉をかけて下さいました。北海道のお友達からは、暖かいお手紙とともに雪祭りの代表作を大きな写真にして送っていただいたりと、皆、心のこもったお見舞いばかりでとても嬉しく、涙があふれてきます。でももう私には、元気になる自信は有りません。此の赤い薔薇も今は元気ですが、果たして大きく開かせる事が出来るでしょうか?此れもさえも自信無く、萎んで行く様な気持ちで忍び無く、玄関においてもらいました。今迄は世話をして何としても開かせると自信が合ったのですが、今は自分の事も自信が無くて。(暖房を入れたり消したりする食堂に置くより、玄関の方が温度が一定していいかもと)

2008年2月13日 (水)

無責任な生き方

どうでもいい事のみ今は残り居て責任の無き吾が日々の有り
長き道歩みて来しが振り返る吾が足跡は何処にも無し

此の寒さの中どうあがいてもどうにもならない。然し黙して、耐えて、自分の身の周りの事は、出来ない事は手を抜いてでも、最低の事は自分でして居ります。誰もいないから。然し只自分の事をしているだけ。私の存在は何も関係ない。色々整理して居りますが此れも結果は余り関係ない。私自身の問題だけで。其れで今迄長いこと生きて来たけれど捨てるものの量から考えて振り返ったら自分の足跡は何も残って居りませんでした。塵だけは一杯残しそうです。

2008年2月12日 (火)

ひっそり生きる

塀際の狭い地面に実を結び赤き万両初めて気づく
塀故に誰も気付かず通る道鳥も見落とし朱実ふさふさ
2月11日 昔は紀元節    西暦と平成年号挟まれて何処へ行ったか紀元の年号

冬枯れて庭の木の実は全て野鳥達に食べ尽くされて何も無いと思って居りました。雪を見るついでに何と無く道の置き石の上に有る雪に目をやって、初めて気付きました。暗く陽も当たらぬ狭い置き石と塀の間に、何時の間にか実生の万両が成長し、沢山の朱実を付けて居りました。ひもじい野鳥の餌にもならず。陽の当たらぬ場所狭い通り道にしっかりと生きて行く生命力に驚きました。私もひっそり生きていますが本当の日陰者元気が出ません。

2008年2月11日 (月)

春の淡雪

昨夜見し雪日捲りて朝見れば後影もなし春の淡雪
明日は何運んで来るか冬の風せめて春めく香りを共に

確かに今年は何時も降らない所に雪が降り、冬は厳しいと思います。でも昨夜暗闇から明かりの当たる所だけに大きな固まりで雪の降るのを見た時もう5センチは塀の上に積もって居り、明日は積もるでしょうねと雨戸を閉めました。今朝どの位積もったのか楽しみに、遅い朝でしたがお日様も照っていて雪は夢の様に消えていました。ああもう春も近いのだなーと嬉しく思いました。又ニュースで冷たい風が、雪が降るかも知れませんと。明日の風は何を運んで来るのでしょう。季節の変わり目故に。(やっと少しすわれる様になり、目の前のパソコンに目が移ります。)

2008年2月10日 (日)

今の事

今も雪美し見よと孫の言う今は厭いし吾を知らずに
寝て居ても身悶える事多くして心も焦り日々平ならず

早く雨戸を閉めるので寒さは判って居りましたがまさか又雪とは、孫が私に知らせ喜ばせようと飛んで来ました。「えっほんと、静かだと思った」「今真っ白に積もって美しいから見たら」と雨戸を少し開けてくれました。「ほんと今年は何故かな」「ばばの願いが叶ったんだよ」と確か美しいと思いました。でも此の寒さにもう雪は要らないと勝手なことを言ってます。冬籠りも長くなると、悶々とした日々、心に焦りも出て思う程安らかでは有りません。先が判りませんので。奇跡が欲しいなあと。10年先には先日発表された脊髄の神経を自分の皮膚から取った細胞で治せるそうですが。私には間に合いません。でも光がみえた事は素晴らしい事だと思います。

2008年2月 9日 (土)

長過ぎた闘病生活

此れからは何でも食むと決めし今噛めず飲み込む胃は受け止むか
何もかも犠牲にしつつ生き居れど過去と未来は今も離れず

予期せぬ医療ミスから、治る事を信じて50歳代からどれだけ夢も可能性も、持っている生き甲斐も犠牲にして、痛い思いや辛い思いに耐え生きて来た事でしょう。今冬籠りなんて綺麗事を言い乍ら、ベット生活。もうこれ以上模範患者でいたく無い。忘れた味を追い一応禁食を口にする事に決め、然し噛めず、飲み込んで居ります、果たして多くの薬以外に突然入り込む固まりを胃が受け止めてくれるかが問題です。そして未だに過去も未来?も離れず付いてきます。

2008年2月 8日 (金)

厳冬なれば

此の冬は雪山越えも良いかもと侮りていし山の厳しさ
此の暗き籠りし日々は鬱なるかはたストレスかいずれも冬ぞ

昨年は比較的楽な冬だった所為か、冬なのに一度も雪を見る事無しに終わり、此の侭もししたら見ずに終わるのかと寂しく思いましたので、今年は雪が見たいと思って居りました。冬と言う山、その辛さは覚悟しては居ましたが、然し現実には一度見ただけでもう辛くて沢山、然し未だ降るらしい。其れに運悪く転んで動けず寝てばかり。自然と心は暗くなり、もう嫌だと思う毎日。此れは鬱病かしら?それとも只のストレスの仕業か。自己診断、医師は自分だから判らない。

2008年2月 7日 (木)

雑歌 (勝敗)

予期せざるストーリーありて人生は幸か不幸か運命が分つ
降りしきる雪の最中にサッカー戦選手も燃えてサポーター総立ち

雪降る事を願ったが、本当に珍しく今日も雪。出かける人には申し訳無い思い、私の所為では有りませんが。此の寒さの中、孫は明るく「行って来るね」と夜の勉強に出かけて行きました。私は温いベットの中で楽しみにして居りましたサッカー日本対タイ戦を。よりによって今日は雪の最中、見乍ら選手も大事な公式戦寒いなんて言っていられず、一生懸命。其れにもまして多勢のサポーターの方々寒い中総立ちで応援。御陰で日本が4−1で勝てて本当に良かったと思いました。タイの選手も一生懸命は同じだが、勝敗の結果がでる。人生も同じかと思いました。(実は雪は一度見たかっただけで、此の寒さは私の病気の大敵で、痛みに耐えられず音をあげて居ります。)

2008年2月 6日 (水)

山鳩の悲しみ

住みなれし山鳩の番襲われて一羽となりて声の寂しき
自由なる翼持ちいつ山鳩は一羽となるも此の地はなれず

もう何年も前からお隣の木に住み着いて、守られ何故か増えもせず、山鳩の番が独特の親しみ易い鳴き声で、昼は家の駐車場で何をついばむのか、何時も二羽で仲良く遊んで居り、都会に何故住み着いたのかの疑問も持つ事無く、親しみ癒されて来ました。然し昨年か野良猫に襲われたらしく、羽根が飛び散り、無惨な後を残して一時来無くなりました。安心して日々遊んでいたのに、可哀想で猫の野生が恐ろしく思いました。然し何時の間にか又一羽だけで戻り、心無しか寂しそうな声で鳴いて居ります。山鳩は生涯一夫一婦制を守り通すそうですね。自由に飛べる翼を持ち乍ら、此の地が好きなのか何処えも行かず。お友達でも出来たら良いのにと人間的に心配してしまいます。

2008年2月 5日 (火)

余生

漸くの春の陽差しも暮れて行く成す事のなし時間の中で
行く先は天国なりし此の道を今日も歩めり余生の中で

立春、漸く春の日差しが訪れて、物皆芽立ち活動する今、日々なす術も又なす事も無く時間は通りすぎて行きます。静かに、此の道の行き着く先は天国と決まって居ますが、淡々と、黙々と歩み続けています。惜しむ時間も無い余生の中で。今更どれほどの糧になるか判りませんが、書を食み。暫しのまどろみの中で楽しい夢を見つつ。

2008年2月 4日 (月)

雪と豆

待ちきれずトップに雪を置きたれば朝一面に雪の世界が
節分の豆を食めずに雪の上蒔けば小鳥も春味わうか

雪が大好きで此の季節しか楽しめないし、東京は雪降らぬ所と決めブログのトップにあえて雪景色をかかげ、あかず楽しんで寝ました。天気予報は当たらぬと、然し朝起きましたら、しきりと予報道り一面白く雪が降り続いて居りました。孫は大きな手まり位の雪を持たせてくれました。触りたくてうずうずしているのを知り、然し貰った途端あまりにも冷たくて、思わず離してしまい、家の中にも雪が降りました。節分の豆まき「福は内」は少し「鬼は外」に沢山庭に蒔いて貰いました。食べられないので。今日小鳥達が沢山来て、春を楽しむ事でしょう。私は未だ冬眠中ですが。(節分の豆縁起物ですので粉にして頂きました。)

2008年2月 3日 (日)

 春先取り  節分

如月の注ぐ陽射しに誘われて春先取りか蕗の薹出づ
年老いて節分の豆食めぬ故諦め居れば孫が買い来る

冬枯れの侭の庭に小さな蕗の葉が霜でへばりついて居り、何時になったら春の芽吹きがと思い眺めて居ましたら、何と、未だ小さいが立派な蕗のとうが出て居ました。春の一番乗り見たいに。昨年は気にしなかったら、何時の間にかみんな大きな白い花になって取り損なった無念さと、こんなに立派な花になる驚きでしたが。今年は、こんな時期に出るのなら、次々と後が出るでしょうから、と楽しみに致して居ります。本当に春を感じますね。節分に毎年、豆まきをするのですが、年寄り2人後で豆の処分に困りますので,今年は、2階で蒔くから同じと買うのを止めましたら、孫が「ばばの家の分」と買って来てくれました。「大変だから」と言う私に「僕が蒔いてあげる」と今年も豆蒔きする事になりました。昔は年の数だけしか食べられないのが不足でしたが今は?。柊と鰯の頭は省きました。孫に説明も。

2008年2月 2日 (土)

雑歌

待つと言う言葉と共に耐ゆることともに持ちいて春は間近か
口だけは達者の故か常に居る孫は病みだけ老い感じぬと

2月如月に入りました。只じっと寝ていても季節は移ろいもう直き春が来てくれますね。暗いニュースばかりですが、生きて居れば、人様のためには何も出来ませんが、好きな読書も、又野球初め色々なスポーツも見られますし、念願の北京オリンピックも見られます。何時か読んだ本に「私達は苦悩をとことん迄経験する事に依ってのみ苦悩を癒される。」とあった言葉を思い出して、頑張りたいと思います。

2008年2月 1日 (金)

はや如月   禁食拘らず

如月の声聞き居らば白梅も待ちかねたるか一輪ほころぶ
いくばくも無き命なりかたくなに守る禁食今拘らず

暦の上ではもう直き春。待ちわびたのか、如月に合わせたのか、膨らんで居た白梅が一輪可憐な花を開ました。近づけば春の香りに浸るかも。未だ未だ厳しい寒さも有るのに、良くぞ忘れず咲いてくれました。私の方は合わせられず当分冬籠から抜け出せそうも有りません。今禁食が多く、何年も守り続けて来ましたが、一生味け無い食事。此のごろは余計食欲も無くなり、体力も落ちだから免疫力も落ちた様に思います。どうせ長く生きられないのなら、人並みな味を楽しみ、鵜呑みにしても美味しい物を食べる事にしました。心豊かに塩分は控えますが。残念なのは自分で買いに行けない事です。 10年も我慢した美味しい和洋のフルコース食べたいです。食前酒 ワインも添えて。此れは夢。

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