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2008年1月

2008年1月31日 (木)

冬籠り

冬籠り春の足音待ち居ればはや節分の豆煎る音か
盆栽の梅一輪のふくらみて吾と同じに春を待ち居り

明日から又お寒いとの事。でももう直き節分、今年は体調を崩したまま冬籠りに寝たままの日々を過ごして居ります。焦っても仕方無いので、心を括り久しぶりに病人らしくして居ります。でも耳を澄ますと春の足音が近づいて小鳥のさえずりにも張りが出て来ました。そしてどこかで節分の豆を煎る音が聞こえてくるようです。庭の盆栽の白梅の蕾みも少しふっくらと、もう直き春を告げるでしょう。その頃には私も冬眠からさめるでしょうか。何時もうとうと寝てばかり、毎日恥ずかしい事ばかり書いてご免なさい。(未だ点滴)

2008年1月30日 (水)

臥しいて

沈黙は金にはあらず独り言言う術知らず寂しき夕餉
日の暮れぬ前に雨戸を閉め呉れて眺む庭なし活字を追いぬ

此の月皆夫々忙しい日々を過ごしているらしい。頼みの孫も、期末テスト、就職活動開始、資格の塾、ゼミの旅行等、帰りは11時頃で其れ迄一人。娘も風邪で2階で寝ている。話す人も無く沈黙の夕餉は寂しい。主人も出かけるからと日は未だ暮れぬ4時に雨戸を閉めて出かけ、テレビは余り見たいもの無いので、寝たまま、活字は好きなので手当たり次第、今は芭蕉の本を読んでいます。然し薬の影響でうとうとし乍らひたすら孫の帰りを待って居ります。その日の新風を運んでくれるのを楽しみに。 (今日は点滴と筋注)

2008年1月29日 (火)

心安らぐる

頭では否定しつつも常に有る影纏いつく冬の寒さよ
振り仰ぎ天空の星眺むれば未だ見ぬ君を愛しと思う

余り毎日病気の事ばかり考えないで、たまには楽しい心安らぐ事を考えたら?と言われました。確かに病気からは逃げられませんが、楽しい事、心癒してくれる実像ならぬ人だけれど。わが思う方の事を現世の最後の恋う人としてあれこれ憧れとして逢う瀬を楽しんで居ます。星に願いを告げたれど、星はつめたく輝きて、叶わぬ夢か問うても永久に答えなし。   (今日も点滴)

2008年1月28日 (月)

命ありて(弛緩)

みどり児を残し一度は逝きし吾今有る命感謝す孫も
生まれたと告げ終わらぬに弛緩をと母は青ざめ吾を案ずと
信仰を持たぬ父なり吾が命危うしと聞きい寝ず祈ると

今体調が悪く点滴で殆ど静かに休んでいます。薬の影響で読書しつつも、何時の間にかまどろみふっと目覚めると、昼か夜かも時間の観念無く。そんな時今有る命の事を思い返し、生きようと、死のうと、どうでも良いと思っていた事が申し訳けなく思えました。実は私が初めて身籠った時、父母初め大勢の人が喜んで生まれる日を待ち望んでくれました。当日長女の産声に安堵した途端ガクンとショックを受け私の意識は無くなりました。そして一週間後に暗い個室で、看護婦さんに抱かれた我が子と初対面。あの時弛緩で一度あの世に行ったそうです。大きな病院で、当日先生方が普段より大勢いらしたので運良く、最善を尽くして蘇生させて下さったそうです。後で聞いた話で母は入れない病室の前で祈り続け、信仰を否定して居た父は夜も眠らず、仏様の前で拝み続けたそうです。私と娘は病院で看護大生のクリスマスキャンドルと聖歌のお守りをいただき、きっとその時に、洗礼を授かったのだと思います。今は何事も無かった様に忘れていましたが、今思い出して、亡き父母に当時の先生方、神様に心から感謝して、此の命大切にしなければと誓いました。その後次女も授かり、娘も自然に大学の時イグナチオで洗礼を受けました。孫も洗礼を受けるようです。私も本当の洗礼を受けて居ります。神様は手を焼く羊だと思って居られるでしょうね。天国のお父さん、お母さん、ご免なさい。頑張ります。

2008年1月27日 (日)

夢とは

病む事を楽しき夢にて忘れむと心懸ければ流浪(さすらい)の日々
夢のみに出で来る力嬉しきか目覚めし後も保ちたく思う

此処迄来ると、闘病も意味が無くなる。どうにか病を忘れたい。逃れる事は出来ませんが、病は気からの原点に戻って、楽しい夢を見て忘れる事が出来ればと、心がければ、自分から心が離れて却って自分らしさを忘れて心はさすらいの日々に思えます。夢 の中の私は何時も健康で力がみなぎっています。本当に幸せで嬉しいです。目が覚めると現実は苦しい。どうか夢が覚めて後も、あの力強さを保ちたい。そう思う日々です。力失せ行く今。(今日も点滴。今度は日数がかかると言われました。)

2008年1月26日 (土)

友なれば

夜も更けて一人居の友電ありて訝し聞けば小鳥逝きしと
ブログとは不思議なものよ顔知らず名前も知らぬに実像の有り

やっと寝ようと床に入ったら、枕元の電話、こんな時間に非常識と出なければ、煩いので、出たら何とお友達。とっさに自分の病気の事を忘れて、何事かと聞けば、涙声で「ご免なさい、今インコのピーちゃんが死んじゃったの。どうしよう」と彼女は一人暮らしで5年くらい前からインコを子供の様に飼っていたらしい。「朝迄元気だったのに夕方から元気無くなって今息を引き取ったの」私も昔インコを亡くし目が腫れる迄泣き明かした事が有りますのでよくわかり、一時間位話を聞いて慰めたつもりです。こんな時間、お友達だからこそと思い却ってこちらも悲しくなりました。そして友達について、矢張りいざとなると頼りにしてしまうと思いました。同時に、病んで苦しい私もブログのお友達、顔も、名前も、年も、何も分からぬ方なのに、毎日色々お話しし、こぼし、寂しさを訴え、何年ものお付き合いの様に、甘えたり、相談したり、お互いに分かり合えている様な心で、不思議と私の中ではちゃんと実像が出来ているのです。本当に不思議なご縁ですね。

2008年1月25日 (金)

夜半

今更に何をか希わん明日しれぬ身をば思いて夜半は寂しき
人恋うる夜のしらじら明けそめてい寝ず過ごしし若き日思う

何時からか深夜族になりました。昔は夜は落ち着いて読書、文書を書いたり、勉強したりの意義有る夜型でした。またはロマンチックに人恋うるなんて、人並みのプラトニックな恋に悩んだり、そんな夜でした。然し今は生き甲斐も無く、希望も無く、生きる意義さえ見いだせず、日々募り行く人にはみえない病魔に耐えて、今日も点滴で生かされて居ます。外に出さず強いと先生や看護婦さんに褒められて?本当は弱いのですが、頑張って生きています。でも夜皆寝静まってから、寝られず、生きると言う事を考え、知らぬ間に白々明け初める寂しい夜を過ごしております。

2008年1月24日 (木)

雪 ! 雪!

針程の細き枝にも積もり行く静けき雪よ忍の字覚ゆ
降りしきる雪の最中に集ひ来ぬ餌づけし鳥よ餌は埋もれしに

今日は本当に雪が降りました。朝早く珍しく音はしないが庭を見てまさかと思う雪が、積もり出し暫し見とれて居りました。盆栽にも思い描いた雪の花が。実はもう居無くなったと思っていた雀が10月頃から又来たので、テラスにパン屑やお米を毎日少しづつ蒔いてあげ、親子か仲間でついばんで行くのを楽しんで居りました。目白もムクドリの食べ残しの蜜柑を毎日。今日雪を見ていたら、降りしきる雪の中雀や目白が餌を食べに来て、見たらテラスは雪が積もり、餌がみえない、目白はどうやら雪の中でもついばんで居ましたが、折角来たのに可哀想な思いでした。          
(又作日から点滴が始まりました。今度腎盂炎を起こしたら大変だと、先生の方が心配なさって。自分の治癒力を信じて頑張ったのですが、矢張り免疫力が落ちていて駄目でした。転んだのも原因の一つかも)折角の雪に。 

2008年1月23日 (水)

天気予報 雪

茜差す庭みつめいて此の土に雪降り来ると信じ難しき
なにゆえか思わず出でし吾が願い真白き雪の精に成りたし

大寒を迎えてさすがに寒さは厳しい。昨日は予報に反して雪は降りませんでした。然し今日は必ず降るとの予報。庭を眺めていると、夕日が差してお天気間違いないと思うが、科学的に本当ならつもるでしょう、信じ難いけれど。雪が降ったらと思い巡らし真っ白の銀世界。何故か思わず、その雪に埋もれて、雪の精になりたいと別世界に入り込みました。現世から抜け出したいと。

2008年1月22日 (火)

大寒に思う

東北に嫁ぎて驚く卵割れ冷蔵庫とは氷るを防ぐ
買いしネギ途中落とせばカチンとす地もネギ迄も氷て金音
洗濯物陽の差す竿に干し居れば終えし側からバリバリ音す

今日は大寒とか。降ると言った雪も降らず。当たらぬのが天気予報。此の寒さに懐かしく昔を思い出しました。今は温暖化のせいで大分違うと思いますが、主人が東北の高校の教員でしたので、私があちらに嫁ぎ、暖かい時でしたので本当の寒さを知りませんでした。その頃出たばかりの、洗濯機、テレビ、そして冷蔵庫等母が持たせてくれました。テレビの有る家は無く、近くの方が来て下さり楽しい毎日でした。洗濯機もまだ普及していなかったので、大きな川に洗い場があり、私も洗濯機は使わず皆と川で洗濯、とても楽しい思い出です。然し冬は想像した事も無い寒さ、結構大きな町で不自由は無かったのですが、卵をパックで台所にうっかり置くと皆破裂してしまうので、冷蔵庫に野菜等と、氷ってはいけない物は皆仕舞います。勿論電気は入れず。買物の途中ネギを一本落としたら、カチンと、ビックリしました。部屋はストーブや炬燵で暖かでしたが、陽のカンカン照りの中で洗濯ものを干して、後で曲がっているのを直そうとしたらもうバリバリに氷って居り、初めての冬は驚きばかり。そんな生活も長くは無く、こちらの学校に移り、子供は何も覚えて居りません。「オラが家さござい!」と友達を連れて来た事も。私は難しくて東北弁は話せませんでした。

2008年1月21日 (月)

飛ぶ

一刷毛の雲描きつつ遠ざかるいずくに行くや霞む飛行機
頑張れと言葉ばかりが飛び交いて何をどうする考え居りぬ

飛ぶと言う意味は全く違いますが、今日雪が降ると言うのにお天気が良いので、空を眺めて居りました。真っ青な空では無いが、薄くなりつつ飛行機雲が線を敷いて、その先に小さく飛行機が飛ぶのがみえました。音がしないので気が付きませんが、たまたま、「あの飛行機は北海道に行くのかな?それとも九州に行くのかな?何処へ行くのかしら」と寒さ故に考えて居りました。そして、今此の寒さで体調を大分崩している私、皆が「頑張って」とかけ声を書けて励まして下さり、自分でも頑張らなければと思って居りますが、頑張るとは今、何をどうしたら良いのかと考えて居ります。精一杯出来る事は自衛策を取って居りますが。厳しい冬山、夏山を越すのは大変です。老いと病人は。

2008年1月20日 (日)

最後のクラス会

クラス会此れが最後と誘いあり欠席のみの逢えぬ寂しさ
車椅子迎えに行きて連れゆかむ友の電話に言葉出ず涙

今度のクラス会が最後になったので、「皆で相談して、銀座でお近くだから幹事さん含めて3人で貴方をお迎えに行き、車椅子用に立席にしましたから、5分でも10分でもお顔を出して」と、お友達からお電話が有りました。「お世話は皆でしますから。」皆古希を過ぎてあちこち故障が出て来て、お集りも大変だから、それに幹事さんも難しくなったので、残念だけれど此の会で終わりにしましょうと決まったそうです。卒業以来毎回出席の私が首の手術以来一度も出席出来ず、「心配なさって何時も貴女の事が話題になるのよ。」と寄せ書きやお写真を必ず下さり、帰りに数人でお見舞いに来て下さり、お手紙にも「早く良くなられてクラス会にいらして下さい。」と書いて有り、私は余り病気の事は詳しく書きませんので、今回はと言う事になりました。最後なので、九州や北海道の方もみえ大勢お集りになるからと。思わず電話口で言葉も出ず涙があふれました。仕方無く本当の病状を告げ、せめて転んでいなかったら、少しおしゃれして、行かれたのにと凄く残念です。もう再びは逢えぬのが分かって居りますので。

2008年1月19日 (土)

冬に

風すさぶ夜のしじまを通りゆく焼き芋売りの声途切れつつ
南天の朱実全てをついまばれ冬は野鳥も生きるに厳し

毎年の事乍ら、私には年ごとに冬の厳しさが辛い。転んだ事で本当に寝たきり状態。此の冬初めて夜の寒さの中に「焼きー芋ー」の懐かしい声を聞きました。冬なんだなーと思いつつ、あのホカホカのお芋を買った思い出が暖かさを伝えてくれました。
折角綺麗な南天の朱実を愛でていたのに、昼間寝ているので追い払う事も出来ず、とうとう全部小鳥に食べられてしまいました。何も食べる物が無い、冬は小鳥もあれで生きついでいるのだと、可哀想に思い腹も立ちませんでした。

2008年1月18日 (金)

待ち居れば

東京に雪降りたりと庭を見る雪は無けれど霜柱立つ

本当にお寒い日々ですね。体調を崩し皇后様では無いけれど、酷いめまいで起きられず寝ています。ブログは暫く諦めていました。然しニュースで東京にも雪が降っていると聞き、朝一番に起こしてもらい、雪の積もりを期待して、無理してみましたが、雪は有りませんでしたが、久しぶりに霜柱の立っているのを見て、満足しました。元気な頃、わざわざあの霜柱をザクザク踏みつぶした快感を懐かしく思い出し乍ら。孫が帰って来て、「東京にはつもらなかったが、学校の庭に積もった雪をばばに携帯に撮って来たよ、小さい雪だるまも作って」と見せてくれました。如何に雪雪と待っ居るか。何年も見ていないので。歌にはなりませんが書いてしまいました。馬鹿見たいかな?080117_11580001


2008年1月16日 (水)

見る

何処から見ても月は変わらねど富士(山)は見る位置形変わりぬ
裸木の枝間くぐりて見る空は陽は差し居れど寒々とあり

夜は出る事無いけれど、以前車で娘に水元公園に連れられての帰り、珍しく澄んだ空に三日月がくっきりと出ていて、其れが車に付かず離れず何処迄も付いて来て、どの位置で見ても其の侭の形。日本のどの位置で見ても、世界のどの位置で見ても三日月は三日月。満月は満月。然し富士山は書く時大抵同じ形に書いてしまうが、見る位置に依り同じ形では無い。物は見方により色々かわるのですね。何日か前テレビで北斎?か誰か忘れましたが、富士山を描く時に一番美しい位置に拘って描かれた話を伺いましたのでなるほどと頷きました。何時も寝ていて見えるのは庭、今は裸木で枝の間から見る空は青く陽差しもこぼれていますが、矢張り寒々と厳しい冬を感じます。

2008年1月15日 (火)

深層心理か

初夢にあらず目覚めて出でし言曽根崎心中冒頭の句なり

初夢は今年は見ませんでした。楽しい夢をと枕の下に、お多福を入れたのに。然し朝方目覚めて何か仕切りに夢の続きの様に口ずさんで居り、それが曾根崎心中の出だしの句でした。普段読む事も無く忘れていた言葉。「この世の名残り。世もなごり。死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。一足づつに消えて行く。夢の夢こそ哀れなれ、あれ数えれば暁の。七つの時が六つ鳴りて残る一つが今生の。鐘の響きの聞きをさめ。」此処迄口に出してしまいました。何とも言えぬけだるさと、体調の悪さの所為でしょうか。気弱い深層心理の所為でしょうか。生きる辛さを常に感じているからでしょうか。今日は寝ていて書くのよそうと思ったのですが、気になりました。ので

2008年1月14日 (月)

体調と霧吹き

一口も食すは嫌と思う今目の前にあり多くの薬
水を飲む程の乾きを覚えずが氷一顆を常に含みぬ

一度に出た痛みから沢山薬を使ったので、胃が受け付けなく成り、物を口に入れるのが嫌に成り、食事を抜きたいと思うのですが、飲まねばならない薬が沢山有るので、薬の為にする食事の辛さを味わって居ります。矢張り薬の副作用か、口腔外科の先生から「唾液が少ないから良い物をプレゼントしましょう」とビニールの袋から取り出して、手の中に入る可愛い霧吹きに水を入れて下さいました。何処に行く時も手放さずに口の中に霧吹きを。家では小さい魔法瓶に氷を入れて置き何時も一かけ口に含んでいます。お腹にたまらず、カロリーも無いので安心です。知らない人は飴を舐めていると思うでしょう。本当は悲しい事ですが。

2008年1月13日 (日)

思い出なれど(近き昔) 1

旅先で必ず求めしテレカード今は高価な写真と同じ

今整理を進めていますが、引き出しの中から、旅先で買ったご当地のセットになったテレホンカードが、美しい袋に入って沢山出て来ました。セットのスペースに必ず、其の時の短歌が書かれて居り凄く懐かしい思い出です。例えば秋芳鍾乳洞の2枚。
「いにしえの人は如何に通りしか此の広大な闇の世界を」
「天と地の造りし偉大な芸術を真砂の如き吾は見つむる」
と勿論即興ですが。カードに合わせて作ってあります。良く書いたと思う位一杯。カードも一杯。珍しい物には、初めて日本に来たパンダのランランとカンカン。誰かに残したいと思っても、テレカはいま使える所が無いからと歓迎しません。入院では公衆電話有るけれど、私が入院する時は必ず動けない時だけ。考えたら一枚千円以上の小さい写真にしかなりません。誰も興味ないと。便利な世の中になったけれど、又、不便ですね。

2008年1月12日 (土)

振り返る一期

背かれて怒り抑える性なれば吾が一期とは幸か不幸か

人間一生のうちには色々裏切りを受ける事が有ると思います。相手は当たり前の様にたいした罪の意識は無いかも知れませんが、心が傷付き悲しい思いを一生抱えて行く事も有ります。多かれ,少なかれ、争い事は嫌なので、自分が我慢すれば丸く治まると。今過ぎ来し過去を色々思い出しつつ、自分の生き方が果たして良かったのかどうかと考えています。一生に一度の人生、幸せだったのか不幸だったのか。娘や孫と言う変え難い宝は有りますが。

2008年1月11日 (金)

冬籠り

心根のはか無き思い語る人無き寂しさを野良の眼に告ぐ
冬籠り冬眠と吾同じなり悟れぬままに春を待ち居り
侘しさの限りと思う切れ切れの言葉繋ぎて遊び居る吾

皆は温かいと言うけれど、私には矢張り冬は厳しい季節です。転んだ痛みも治まらず、痛みの有る所は全て仲良く、力を合わせて私に刃向かう。只春を待ちつつ、冬眠か冬籠りか私には区別が付かないけれど、耐えるのみ。その間には転んだ痛みも良く成るでしょう。ベットにこごもって一日過ごすのは、矢張り寂しい。時折訪れる野良猫の寂しげな眼と眼を合わせ「寂しいね!」と話掛ける。寂しさを制するのは逆療法かより侘しい。寂しい言葉を繋ぎ、合わせて言葉遊びをして居ります。

2008年1月10日 (木)

薄れ行く慣習

七草粥慣習迄も忘れらる庭のはこべら青く芽立つに

七日は七草がゆの日でした。此の私がすっかり忘れて居り、いくら寝込んだとは言え凄く寂しく思いました。今日庭を何となく眺め、枯れ草の間に青く芽を出しているはこべらを見いだし「あっ、七日は七草粥の日だった」と思いました。現役の頃は可愛い篭に入って春の七草のセットが八百屋さんで売り出され、食べるのが惜しかったけれど、当然の様に作って食べ、「ああ今日でお正月休みは終わり」と思った物でした。子供達は嫌がりましたが。後は鏡開き、固いお供え餅を割ってお雑煮を。此れももう今は望めない事。段々寂しいお正月になりますね。
孫に「七日の朝何を食べた?」と聞いたら「ベーコンのパスタ」。七草がゆの説明をしましたが、「時代が違うよ」の一言。此れではもうどうしようもないと思い乍ら、娘達が覚えて居てくれる事を願いました。せめて十五日に雑穀米のお粥だけでも作りたいとおもいます。栗は無いけれど。( 御陰さまですこーし座れる様に成りました)

2008年1月 9日 (水)

辞世の句?

燃え尽きし一期の命惜しみつつ歌詠みおれば氷雨降り来る
感動す昔の人の辞世の句読みつつ今より作りて置くか

老人社会の今の世に、皆のお世話になり乍ら私の一生はもう充分に持てるものは燃え尽くしました。未だ何かあったかなと思う事も有り、なし得なかった事も未練に、思い乍ら今出来る歌を書いて居りましたら、何時か暮れ泥む庭に目をやると音も無く氷雨でぬれて居ました。此の所体調を崩し寝てばかり、つまらない事を考え手元に有る本を読んで居りましたら、色々の方の辞世の句が有りあまりにも見事なので感動しました。「線香の煙とともにはいさよなら」と明るく残せたたら良いが。皆、辞世の時に、どうしてこんな歌なり句が出来るのか不思議です。凡人の私は「有難う」が精一杯だと思い、私も今から気の利いた辞世の句を作って置こうかな?と思いました。案外季節外れに。

2008年1月 8日 (火)

旅は機会

思い立ち紅葉求めて修善寺に母娘三人只一度の旅
悲しきか夫との思い出作り得ず停年待てず吾病みたれば

主人が旅行で思い立ち、嫁いだ娘と未だ家に居る娘と母娘三人でこんなチャンス中々無いからとほんの思い付きで、修善寺に紅葉の美しい所が有ると旅行案内所に頼み、初めて母娘三人の旅が実現しました。露天風呂に入り、少しビールを飲み、夫々日々の煩雑から解放され、少し酔って、湯あたりも有りぐっすり、朝風呂に入り、名所見物、そしてお目当ての真っ赤な紅葉の木の下で紅葉の葉に埋まれて思い思いのポーズで写真を撮り楽しい一泊の旅でした。「又来ようね」でも機会が無く、一生に一度の楽しい思い出になりました。主人とは、停年になり暇とお金が出来たらとのんびり構えていて、停年に私が今の病気になりとうとう思い出が作れませんでした。だから私は皆に、「無理をしてもしたい事が有ったら先に伸ばさずやりなさい」と言い続けています。下の娘とは主人の旅行を利用して日本は殆ど周りました。

2008年1月 7日 (月)

蔦に学ぶ

凹凸の亡き白壁を垂直に登る蔦あり生命力か
デジカメの過去を消しつつ新しき命吹き込み今あゆまんと

体調を崩し血圧定まらず起きられもせず、今日は諦めるしかか無いと、ふらふらし乍らじっと痛みの為にも寝て居りました。静かに寝ていると目の前の家のつるつるの白壁に、生存を告ぐ如赤き葉を持つ蔦が下から垂直に上にのびています。どうやってって登れるのか、其の生命力に驚き、生きる為にはと教えられました。デジカメの過去の写真を全て複雑な思いで消しました。そして新しく生き直そうと此れを消す時は己の過去も共に消さんと。

2008年1月 6日 (日)

聖書に思う

十字架の主を思いおり此の痛み耐えられぬ事なかりと悟る
コリントの愛の教えを胸に抱き日々生き居れば心安らぐ

余りにも自ずから招いた此の現在の苦しみを何故か他から与えられた様な、自分には責任の無い様な思いで居りました。良く考えたら、運命では有るが、最初の電気を受けたのも、手術を受けたのも全て自分で余り納得しない侭受けた事、結果は逆になったが、意思の弱さも有り、私の責任でもある事に気づきました。こぼしてばかり、皆に迷惑をお掛けした事を申し訳なく思って居ります。耐えて頑張ります。

2008年1月 5日 (土)

運命とは    悲しい資格

運命の侭に生きむと生き居れど吾が運命は苛酷な物よ
介護四傷害一級証明の努力無き手に何の名誉か

余りにも自分の病気を甘く考え、必ず良く成るとの始めの先生の励ましのお言葉を信じて、旅行などその時ならできた事も先に伸ばし、こんな状態になった今やっと此の病気の重大さを痛い程理解しました。時既に遅し。中には「惨い様だけど諦めなさい。」と日々悪く成る事を其れと無くおっしゃって下さった先生も居られ、私は敢えて悪く成るとおっしゃった言葉を信じるべきでした。今は全て現実を受け止め、運命の侭に逆らわず生きて居りますが、憂き事が余りにも次々と重なると私の運命は何と苛酷な物かと嘆いてしまいます。若いとき一生懸命勉強し、色々の資格を沢山取りましたが、今何も努力無しに頂いた資格?悲しい資格です。

2008年1月 4日 (金)

気弱か

来年は無きかも知れぬ思いあり今年は娘にもお年玉あぐ
古希迎え気弱の吾に喜寿有ると暦読みつつ娘等励ましぬ

何時もお正月は、口が達者なので色々祝膳の事に口出ししたり、少しでも役にたった積もりで箸置きを並べたり、お小皿を並べたり、「まま邪魔だからあっちに行って」と怒られつつも何かに手を出して居りました。然し今年は昨年末転んだ痛みを引き摺ったまま、手も口も出せませんでした。やっと揃って乾杯。私、下の孫はジンジャーエール。おめでとうも小声で。でもみんな揃って楽しい雰囲気に浸り、感謝しつつ、心の中で此れが最後かもしれないと何故か強く感じました。何時も孫達とわんちゃんにお年玉。然しそんな気持ちが働いて娘達にも何十年ぶりかにお年玉を上げました。感謝の気持ちを込めて。娘も怪訝な顔で「有り難う」と。此の痛みが取れたら又強気になるかも。

2008年1月 3日 (木)

福夢

初夢はせめて楽しくあらむとて枕の下にお多福を置く

普通は初夢は一富士二鷹三なすびを見る為に、枕の下に宝船の絵を入れるそうですけれど、私はせめて初夢は楽しい夢を見る様にと、お多福笑いの絵を入れました。明日どんな夢を見て起きるでしょうか?楽しみです。

2008年1月 2日 (水)

年は変われど

臥し居りて迎う正月めでたきと書くも道をば逆戻りせむ
平成もはや二十年経ちおれば昭和一桁もう休みたし

新しい年を迎えて、奇跡も起こらず、相変わらず去年の痛みを引き摺って、気分を変えようとしても、痛みの方で放して呉れません。常に痛みに心を占領され、何をしても今は駄目。せめてと思って百人一首の世界にと、丁寧に読んで居りますが、却って寂しさが募り、現世から逃れたいです。お正月早々不謹慎と攻められそうですが。見えない場所故あまり深刻に考えなく、対処もしなかった事を後悔しております。もう半月は経ったのですが変わらず。

2008年1月 1日 (火)

新年おめでとうございます

皆様新年おめでとうございます。昨年は色々お世話になり有難うございました。本年もどうぞ宜しくお願いします。


暖かき光に満ちし元旦に今年の願い叶うを祈る
除夜の鐘聴きつつ入る恒例の来る年迎う二年越しの湯

毎年の今は恒例になっております除夜の鐘がなり出すと、孫が「もう直き年が変わるよ」と迎えに来てお風呂に入れてくれます。今日は柚の温泉だからと。此の時ばかりはのんびりと、時間を掛けて、鐘の音(近くの観音様)を聞き終わり、すぐに「おめでとう」とお風呂の中で新年の挨拶をかわします。裸の付き合い。今日は「ばば北京が近づいて来たよ、頑張ってね。」と言って呉れました。痛いと言う言葉は飲み込みました。夜が明けたらお年玉が待っていますよ。色々有るでしょうけれど、どうぞ平安な年で有ります様に祈ります。

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