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2007年11月

2007年11月30日 (金)

亡き母の恋し

冬深み亡母(はは)を恋しく思う夜窓打つ氷雨心も打つか

此の冬になって最高の寒さだと。ストーブ付けっ放しでも温度が上がりません、降り出した冷たい雨が窓を打つ。こんな寒い時亡母は良く「暖かい甘酒が良い」と作ってくれた物でした。寒く成る今頃は炬燵に入り、母が作ってくれる甘酒をふーふー吹き乍ら飲み、「もう直きお正月だね、早めに用意しなければ。」等と話した事が懐かしく思い出されて、逢いたくてたまりません。冬は母と二人で家にいる事が多かったので。牛乳嫌いの私にと、火鉢のふちの灰の中に牛乳瓶を遠火で置き暖めてお砂糖を入れて呉れた事を思いだします。年をとった今も尚。思い出に耽る時矢張り寂しいです。

2007年11月29日 (木)

笑えぬミス   でも笑って下さい

入院で夜中トイレの中が無く静かに呼べど皆起き笑う

ヘルパーさんが携帯トイレを洗い、「日が射しているから日光に当てる」と外に出し、その後ベットメイクやお掃除等して下さり、トイレを所定の位置に置いて帰られました。夜使おうと思ったら何と中が空、外に干して忘れたらしい。気が付いて良かった。
其れで思い出したのですが、この前入院中、窓際の部屋の奥のベットなので夜中はトイレを置いて下さり、皆を起こさない様にと、電気を付けず用を足しました。ところが足元が何か変。慌ててナースコール。飛んで来たベテランの看護婦さんに小声で「トイレしたら中が無かったの」、看護婦さんが懐中電灯で見て「あら、大変入れるの忘れた、動かないで」と。でも夜中は重症の方がいないので、2人しか看護婦さん居ません。大忙しで隣のベットの方迄始末を始めました。いくら静かにしても、何事かと皆起きてしまい、電気を付け事の次第が判り皆大笑い。私は小さくなって謝まりました。看護婦さんも「貴方の所為では無い、お騒がせして申し訳有りません」と皆に謝まっておられてお気の毒でした。翌日其の話で皆又笑いなおしました。

2007年11月28日 (水)

矢張り気になる

日々載せる歌一日の命かと思いつ過去の歌直し居り

我流で無理矢理に毎日短歌のつもりで、恥ずかしいと思い乍ら、何時の間にかこのブログに四百何十首?と書きました。只三十一文字で短歌として。でも本当の短歌を良く知らずに、勉強もしないで、今日書く歌は明日には忘れられ、今日一日の命だからと。自分でも良いのか悪いのか判らぬままに、入院中以外は、具合が悪く寝ている日でも日記のつもりで毎日書き続けました。でも時々前に書いた歌を、どんな事を書いたのか見直す事があります。すると、どうしてこんな事を書いたのか、と字余りや可笑しい所が目につきます。矢張り生き甲斐なのでしょうか。もう過去の歌なのに、真剣に書き直してしまいます。余にも気になる事が多いので、何故始めにもっと考えて書かなかったのか反省をしております。いずれ無になるのですが。

2007年11月27日 (火)

冬の音

ぬばたまの夜の静寂を縫いおりて木枯らしの音冬ぞ深まる

はや立冬を過ぎ冬の訪れを日々感じます。何か寂しい季節。私は何時も遅く迄眠れぬまま、夜深く変わる季節。訪れる冬の過ごし方等色々おもんばかり、乗り切らなければと覚悟致しております。本を詠みつつも、静かな夜の静寂を通り行く木枯らしの音に耳を傾け、冬の深まり行くのを寂しく感じとっておりなす。

2007年11月26日 (月)

さりげなく

さりげなく吾が思いをば告げたりしさりげなく君聞き流し居り

人間はどこかにはにかみが有り、自分の本意を直説に告げる事が下手なようですね。今のお若い方は、はつきりと言う様ですが、さりげ無く、判って下さるかしら?と言う思いで。又聴く方もはっきり判らぬまま、又は判ってか。さりげなく聞き流して。そんな曖昧な事が多いですね。何時かああ、あの時の事って。

2007年11月25日 (日)

毎日が日曜日だけれど

毎日を同じパターンで生きおれど我が心根は千千に乱れて

朝起きて夜寝るまで全く同じ、時間割は無くても同じ時間に、食事薬、身の回りの事、新聞を読んで、パソコンに向い、月曜日のヘルパーさんとマッサージの先生から始まって、火、水、木、土は夫々看護婦さん、マッサージの先生、麻酔の先生。金、日は一日一人で。こんなパターンで一週間終わります。勿論読書や音楽、テレビ等有りますが、二ュースとスポーツ以外は余見ません。空を眺めたり。一日を持て余していると見られますが、矢張りのんきにしている訳では無く、生きて居る間は自分で責任を持たなくてはならず、あれこれ考える事が多く、迷いも有り、無い頭を精一杯に使っております。時には無駄な事に悩んだり。生きて行く事は大変ですね。仕事は無くても。

2007年11月24日 (土)

冬のソナタ

かすかなる落ち葉時雨の下にいて聞き漏らすまじ冬のソナタを

寒いけれど静かにかりん等我家の雑木の葉が、はらはらと散り始めて居ります。今日は比較的気温が暖かかったので、車椅子で日光浴の変わりに庭のガラス戸を開けて庭を眺めていました。かすかな音を立てて黄色に色づいた木の葉がかすかな風に散り其の優しい音に耳を澄ませて居りました。久しぶりに少し幸せな気持ちで。良く耳を澄ませていると、其の音が色々のリズムを持っているのに気が付きました。優しい囁き、時には少し激しく、聴き乍らあの冬のソナタのロマンチックなシーンを思い出し乍ら、聞き漏らすまいと耳をかたむけた。

2007年11月23日 (金)

霜月の終わりに

かさこそと音立てて散る柿紅葉実は赤々と夕映えに燃ゆ

本当に早いものですね、今年ももう直き年賀状を書く季節になりました。此の所寒さは厳しいですが、お天気が良く空気は乾燥して、はや木枯らしを思はせる風に柿の紅葉した葉が、かさこそと音を立て乍ら散り始めました。
むき出しになった熟れた柿の実が、夕日に赤く映えて美しい情景を醸し出しております。ほんの短い絵画の世界をうっとりと眺めていました。(寝たきりの私への自然のプレゼント、有難う。)

2007年11月22日 (木)

安眠ならずか

陽だまりにのんびり眠る野良猫の耳はたゆまず音聞きており

私の目の前の物置の屋根は、太陽が当たり良い日だまりになって居り、猫が動かず、追い払う事の無い私を警戒する事無く、寒く成ると何時も其処で丸く成って寝ております。可愛くてみて居りますが、のんびり、ぐっすり寝ている様でも、耳は何時も少しの音にも反応して用心しているらしい。敵は何も居ないのですが。昔家で飼って居た猫はお掃除の邪魔だからと、足でどかした位では動かず、安心して寝ていた様な気がします。矢張り野良猫の悲しい習性でしょうか。(私とは目が合っても無視されますが、主人だとすぐ逃げだします。)

2007年11月21日 (水)

冬の蝉

冬なれど夏の盛りの常に有り吾が耳の中千の蝉鳴く

耳鳴りの方は多く居られ夫々の悩みがおありだと思います。私も初めは一秒も鳴り止まぬ、蝉の声に悩み、方々の大学病院に診察を求めてまわりました。耳鳴りと言うより頭全体が蝉の住処の様で。8000サイクルと言う音、体温計の音はいくら耳を近づけても、一度も聞き取れません。然し其の音だけで後は高音でもいくら低い音でも聞き取れますが。矢張り脊髄損傷の所為とか、原因は未だ良く判らず、耳の側の血管の血液の流れる音とか。方法は無いそうですので、追求はしませんが、寒さが厳しく成ったり低気圧等で時には、気の狂いそうな強さになります。体調の厳しい時ほど強くて、痛みは無いのですが、矢張り辛いです。蝉を聞く等と言う風流な気分では有りません。
夏本当の蝉が側で鳴くと「あっ現行犯だ」と蝉をみます。先生は「強いときには安定剤を」と。普通の強さは、長年のお付き合いで、余り気にしませんが。先生曰く「貴女は病気の問屋だから」。と優しい目で。

2007年11月20日 (火)

病は聞こえず

電話にて何時も明るく元気だと言われ戸惑う病気聞こえず

私の今の病状を殆どの方はご存知無い。お友達にも病気とは言ってありますが、電話でお見舞いを頂くと、病気の話は避けて昔の楽しかった事や、今のテレビ等の楽しい話題、お友達の近況等を色々話します。私自身も新しい話題に楽しく、痛い足をさすり乍ら。来られたお友達にも不自由は仕方無いけれど、話題は病気を避けます。元気だから心配なさらないでと。でも電話は良いですね、此の辛い病気は相手に聞こえなくて。判って頂けても仕方無いので。

2007年11月19日 (月)

目ざといお客

熟れし柿狙い来たるや百舌の声一際高き雄叫びあげて

柿が色付いた時、何時野鳥が来るか半分楽しみにしていました。ヒヨドリが来るかなと思って居りましたが、一番乗りは百舌でした。冬の風音に乗って一際甲高い鳴き声。何処で見ているのか、一番熟れたのを目指して。
こちらも食べなければと思い乍らも、もう少し赤くと迷っている内に。そして、色付いた蜜柑も。野鳥の餌にするのは勿体ないが、誰も穫らないので。只見まもっているだけです。可愛いい目白にだけはあげたいですね。

2007年11月18日 (日)

今朝の夢

差し伸べし指先触るる事も無く虚しく覚める曙の夢

ご免なさい。今朝目覚めるときに夢の中で作った歌で。本当に手の先一杯に伸ばし、触れそうで触れられなくて夢が覚めもう少しだったのに、と其れを目覚めの時に歌に詠み、忘れない様に枕もとのメモに書いたのです。こんな事初めてですので、夢は叶わなかったのですが。変な事書いてすいません。   他人の夢ほどばからしい事無いのですが。

2007年11月17日 (土)

年齢の呼び名

中高年いつしら此の年通り過ぎ今呼ばるるは高齢者なり

昔は還暦をすぎると老人と呼ばれました、今は本人も老人と認めないし、国でも老人扱いしてくれません、そう
中高年、いわゆる団塊の方々。其の中高年も余り自覚の無いままに通り過ぎ、今は高齢者に。老人と呼ばれるよりは良いかも知れませんが。医科歯科大の診察に高齢者科にまわされ気が付きました。特別に色々気を付けて下さるのだと思いますが。年をとると言う事は早い物ですね。自分では若いつもりでも、年は年。そういえば定年後に区の老人大学の呼び名が嫌だと言い乍ら、前向きに勉強なさって居られる方がいましたが、今はなんと呼ばれるのでしょうか。
矢張り青年と呼ばれる時代が良いですね。夢と希望にあふれていて。

2007年11月16日 (金)

片付かぬ衣更え

行く秋と訪ずる冬の狭間にて整理出来ずに衣類山積み

今日は小春日、明日は寒さ厳しい。天気予報を聞き乍ら、未だ仕舞っていない秋物と中には夏物も混ざって、其処へ寒くて出した冬物が重なり合い、狭いスペースに山積みに成りました。只片付けるのと違い、夏、秋ものは洗濯又はクリーニングに出し、冬ものは改めて必要な分を出して夏物と入れ替えたり、体調が良く成れば少しづつ整理するつもりですが、安定しない日々、仕舞っては又出しての繰り返し。気になり乍ら少しづつ入れ替えますが、一人で全て未だ頑張って居りますので、何時すっきりする事か予定通りに行きません。捨てるものも自分で選びたいし。大変ですね、衣更えは。今度ヘルパーさんに大間かなことを手伝って頂くつもり。

2007年11月15日 (木)

主無き庭

住む人の逝きて久しき庭の柿なり次ぎたわわ実のあり寂し

お近くにお年寄りがお二人で長く住まわれていましたが、数年前にご主人が無くなられ、奥様は何処かに移られて、其の土地は其の侭で今も空き地に。家は取り壊されましたが、草ぼうぼうの中に年代の大きな柿の木が一本残り、秋に成ると沢山実が付き、熟れて、毎年誰がとられるのか判らないままに、野鳥が沢山集まり何時か無くなっています。木が大きいので今年も実の数が多く、何故か気になります。住まわれて居た静かなお年寄りを寂しく思いだしながら。
( 今日インフルエンザーの予防注射に行き久しぶりにご近所を通り、桜紅葉と他所様の柿の実を見て来ました)

2007年11月14日 (水)

せめて待つもの

年ごとに進む季節の寂しさに柿の熟るるをひたすらに待つ

秋には変わりがないけれど、年をとる毎に秋の寂しさが強く感じられます。先がないからでしょうか。庭の花も冬に向って元気が無く、もう直き冬枯れに。風も木枯らしに変わるのか、冷たく寒々と。もう迷いの蝶も来ません。
只蜜柑と、色づき始めた柿が目立っています。特に柿が色ずくと、夕日に赤く照らされ美しい。「ああ、秋なんだ。」としみじみ秋の美しさをかんじます。柿右衛門ではないけれど、柿の実の熟れた色は見ていて飽きません。様々な野鳥も訪れる事でしょう。

2007年11月13日 (火)

憂と鬱

憂鬱の言葉其の侭日の暮れてノンアルコールビール一気に

病気の事は書かないつもりでしたが、今新薬の事で其の効果と大きいリスクを考え、其れを先生に報告しなければ成らなく、そして選択も、どちらを採っても辛い、厳しい選択。勿論私一人ではなく、先生と経口以外他の方法が無いか相談しますが、今迄の経過から余り他の期待は出来ないと思い、憂鬱な一日でした。日の暮れ落ちても結論が出ず、一人思い余って、娘がノンアルコール(0.1パーセント)のビールを買ってくれましたので、ビールのつもりで一気に飲みました。ビールの味は忘れていましたが、少しほろ苦い味に満足して。解決はしませんでしたが。
  (今日ブログの親切なお友達から、病気について信じられない様なご好意のメールを頂き感謝致して居ります。)

2007年11月12日 (月)

ほうじ茶の香

香ばしきほうじ茶の香に誘われて買い求めたり昔のお茶や

今も有るか判りませんが、昔は商店街を通ると、お茶屋さんの近くに来ると、店先で香ばしいほうじ茶を煎る香りがして来ました。其の香りに誘われて、ついほうじ茶とお茶を買った物でした。ちゃんと計り売りで、紙袋に底をとんとん叩き乍ら、しっかりと詰め、入り口を固いこよりでしっかりと結んでくれました。家に帰ってから、お茶の缶にいれました。食後は当然ほうじ茶を頂き、煎り立ての香りと味を美味しく味わいました。今のお茶は殆どパック入り。只産地と銘柄だけで買い、便利ですが、あのお茶やさんの選択も風情も有りません。煎り立てのあの香りも。寂しい事です。
( 新薬の試しが終わり、日が立ってやっと少し食べられる様に成りました。此れから其の報告と選択を医師に告げなければ成りません。どちらも苦しい選択肢です。)

2007年11月11日 (日)

年嵩一つ

バースデーケーキにローソク並びいて年嵩一つ北京に近づく

昨夜もう良いと言うのに、今年も、誕生会をやってくれました。今年が最後かなと思いつつ、ひときわ大きなショートケーキにローソクを大小あわせて一杯に、、、今年は家族全部集まってくれました。お婿さんも柴犬迄も集まって。
お料理も今迄はお寿司をとったりでしたが、今年は娘達がイタリア料理を10種類以上、私には美味しいお刺身と、心を使ってくれました。運転して帰るお婿さんだけ食前酒も駄目、私と二人ウーロン茶で乾杯。ローソクを一気に吹き消そうと、息を溜めましたがだめでした。娘達に感謝し乍ら、此れで年を一つとってしまいました。でも其の分御陰さまで楽しみな北京オリンピックが近づき、若ししたら本当に見られると、希望を持ちました。

2007年11月10日 (土)

副作用

新薬の効果痛みは薄れどもリスクも強く苦しみの増す

「足を切り落として下さい」と出来ぬ事とは知り乍ら医師に訴えた事が有り、今は何も訴えなく成った私を、常に心配して下さっていらした先生、先日、「新薬が出ましたので、試しに1週間だけ出しておきますから、必ず、報告をして下さい、本来はてんかんの痙攣を止める薬ですけれど、痛みが取れる筈ですから、良かったら倍に増やしますから」と頂いて来ました。藁をも縋る気持ちで飲み、切り落としてと言う痛みの範囲が縮まり、嬉しく思いましたが、思わぬ副作用が他の薬と重なり、、選択肢として迷って居ります。目がかすみ頭がふらつき、全て緩慢に成り、でもこれらは痛みと比べれば耐えられる事、困ったのは胃の痛み、吐き気から食物を胃が受け付けなくなりました。大好きなチョコレートも。水さえも。試薬の分は終わりましたので、痛みは又出て、リスクだけは強く残り、悩んで居ります。頑張りやですけれど。今度胃を通さない薬は無いか伺うつもりです。今日は誕生日。麻酔の先生も来ます。

2007年11月 9日 (金)

目玉を食べる

金目鯛白き目の玉食む夫に驚き居れど今は好物

初めて主人が金目鯛の煮付けの中から、あの白い目の玉を探し出し、捨てるのかと思ったら、其れをかじり出した時には、「気持ち悪い、この人どういう感覚」と驚きの目で見て居りました。余りにも美味しそうに食べるので、ある日恐る恐る食べてみましたら、見た目と違って、美味しい。其れが病み付きに成り、今は食べなく成った主人に代わり、身は食べなくても、目玉だけは食べる様に成りました、綺麗に食べると最後に水晶玉の様な透明感のある綺麗な玉が残ります。今は孫が「何者?」と言う顔で目玉を食べる私を見つめています。きっと何時か好奇心で食べ、美味しさを判る時が有ると思います。カルシウム、タンパク質、一杯の食品。

2007年11月 8日 (木)

産地と賞味期限で

産地をば選びて買えば此の夏はうなぎ一度も食まず終わりぬ

今食物に限らず、国産に頼っては生活して行けない世の中。然し中国産の食物は色々物によっては危険警告が出て居ます。今迄は余り気を使わなかったのですが鰻が殆ど中国産で今年は食卓に登らず紀文なら大丈夫と買ってもらいましたら矢張り中国産。其れでやめ、何時かと思いつつ、近くでは買えず、とうとう此の夏は土用の鰻も一度も食べずに終わった事を思い出しております。
賞味期限の事も、若い人は凄く気にして捨ててしまいます。「昔冷蔵庫の無い時代、そんな事言って居たら何も食べられなかった。見て嗅いで良いか悪いか判断して食べる」と言ってもだめ。後は私の口を出す事ではないので。
安心して食べるのは難しいことです。

2007年11月 7日 (水)

運命のままに

予約とる必要の無き死のありて運命のままに生きむと思う

今の世の中予約を取らなければ成らない事が多い。特に私は病気ですので、病院の予約が多く、その他の予約を取りましても、すぐに体調を崩してキャンセルをする事が多いので迷惑もお掛けしたり、改めて予約し直しと、思い道りに行きません。でも死は予約もいらず予告も無いので、何も考える事無く、自然に運命の侭気軽に日々過ごしたいと思います。私の場合特にやる事も無いので、皆に迷惑を掛けない様に自然を愛して。たまには楽しんで。

2007年11月 6日 (火)

消した過去

再びは読み返えさぬと日記をば十年を消すパソコン一瞬

この間パソコンが故障して一年間の日記が消えてしまいました。其れ以来何の為に書いているのか判ら無く成りました。そして再びは詠み返す事は無いでしょうと、思いきってパソコンの中にある、過去の9年分も全部消しました。毎日天候から出来事、思った事、食事で食べた物迄丹念に書き綴った物ですが、書き残す事は出来ませんし。日記帳ならぱらぱらと読んだでしょうが、其の点パソコンは思いきってあっと言う間に計10年分無く成ってしまいました。もう過去は振り返らないつもりです。

2007年11月 5日 (月)

時惜しみ

時惜しみ未だ盛りとサルビアは蕾み持ち咲く此の晩秋に 

今年は秋らしい季節も無く、寒々とした日が続いて居ります。寂しく成った庭にサルビアの赤が活き活きとして目立ちます。過ぎ行く季を惜しんでか、未だつぼみを沢山持って咲いているのを見ると、頑張っているな、とも思いますし、何か可愛そうにも思います。他の花が短い期間咲いては消え咲いては消えする中で、此の庭を守り通している様に夏から咲きっぱなし。今トリカブトが咲き始めましたが、恐らく此の勢いではサルビアが後に残りそう、頑張ってね。

2007年11月 4日 (日)

夜の帳

人を恋う心たかぶる夜の帳乙女の如き恥じらい持ちて

何時しか秋も終わりはや初冬になり、秋とは又違った寂しさが。夜も更けて一人静かにもの思う時、夜の帳の所為か人の恋しく、其の思いが増す。此の思い初恋にも似て、乙女の様に何か恥ずかしく思い乍ら帳に隠れて胸轟かせています。此の静かな夜もすぐに明けて行く事でしょう。 

2007年11月 3日 (土)

さまよう

若き等の歌読み居れば吾が歌の歳取るごとく思ほゆる日々

お若い方のお歌を毎日読んでいる内に、何か自分の歌が私と同じに歳を取って来て、色艶を失い流れが悪く思われて来ました。何処がつまずく原因なのか判りませんが、何かこだわり過ぎでしょうか、思う事が巧く表現出来ません。此れもスランプと思って良いのでしょうか。もう一度歌に心を入れて読みたいと思います。刺激として。

2007年11月 2日 (金)

おそ秋

寂しさに終わりのなきやおそ秋の陽の落ちゆくを見つつはや夜

おそ秋の夕暮れは寂しい、陽の沈むのを一人眺めていたが、美しいと思う間も無く、あっと言う間に落ちて、もう夜の闇。今日も一人きり、寒く感じます。お決まりの夕食も余り気が進みません。薬のために食べるのですが、今日は少し手を加えて美味しいお吸い物でも作りましょう。寂しい自分の為に。

2007年11月 1日 (木)

感謝?

医師曰く「難病なれど聴力も頭脳も劣る事なし」と感謝

病院で先生に「先生もう終点に来たのでしょうか?」と聞きましたら、私の問いと違う答えがかえってきました。
「確かに難病中の難病だけど、貴女は聴力も頭脳も衰えていない。自分の能力を活かして此れからも頑張って下さい」と。そして「今の状態の改善に、ビタミンCとEをもっと取って下さい、頭の血管は丈夫だが内蔵の血管が切れたら大変だから」と細かい注意を受けました。神経内科の先生からは「試して報告をして下さい」と新薬を出していただきました。本当は副作用が重なるので飲みたく無いのですが、若し効果があり少しでも痛みが柔らいだらとも思い飲み始めました。未だ効果は判りませんが、すでに副作用には困っております。効果が有ります様にと祈りつつ。未だ聴力と頭脳が大丈夫と言われた事を感謝しています。

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