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2007年10月

2007年10月31日 (水)

境界線

空の上海の上にも境界線どんな色にて線引きおるか

高い空を眺めていて、此の空は果てしなく続き世界中に行ける。海も又、同じ。然し全部が世界中の国の共有ではないのだ。海の上で少しでも他所の国の領海に入ると、即拿捕される。空の上でも飛行機が境界線なる線を超えると追跡、打ち落とされる事が有る。あの美しい空と海、何処にそんな線が何色で引かれているのでしょうか、今はレーダーで察知するがレーダーの無かった昔はいったいこんな線が引かれて居たのでしょうか?こんな馬鹿な事考えている私に関係なく、空は青く雲が流れています。海も青く白波が立ち、多くの魚が泳いでいます。境界線等無い世界を自由に。 (メンテナスの為書けませんでした。)

2007年10月30日 (火)

肌で感じる季節感

二ヶ月に一度の通院楽しみは街路樹で季を此の目で確かむ

今日定期の診察に病院に行きました。二ヶ月に一度ですので、季節の移り変わりがはっきりわかります。救急で行く時は余裕が有りませんが。冬に裸木そして春に小さい新芽から葉が出て、二ヶ月経つと緑の美しい葉に、夏は色濃く大きな葉、今日は未だ紅葉はしていませんでしたが、所どころ、色変わり、目黒区は楓の種類、渋谷区に入ったら、銀杏。今度は十二月ですから、どちらも紅葉していると思います。そして木枯らしに、葉が落ちて。病院は嫌ですが、こんな事でも外の自然に触れられるのは楽しみです。
(今日は朝10時に出かけ3科巡りで、麻酔のブロックを受け安静に休んで、家に帰ったのは7時でした。お昼抜き、9時間、お勤めみたいでぐったり、夕飯は九時に美姫ちゃんのスケート見乍ら。疲れました。歌に成りません。ご免なさい)

2007年10月29日 (月)

ぬくもり

晩秋の日差しぬくもり心地良く脊に浴び独歩武蔵野を読む

今日は久しぶりに暖かい日差し。日差し恋しく椅子に座り、背中に暖かい日差しのぬくもり、夏には叶わぬ事。晩秋だから。気持ちが良いので、大好きな国木田独歩の武蔵野を読みました。今の東京ではもう無いけれど、少し紅葉した雑木林の中に一人居る様な気分で。「座して、四顧して、そして耳を傾けていた、木の葉が頭上で幽かに戦いだが、其の音を聞いたばかりでも季節は知られた」良いですね。今の渋谷の事ですが昔は(しぶたにむら)と呼ばれたそうですね。宮沢賢治の渋谷村と勘違いしそうですね。
東京生まれの人でも、今は案外知らない方が居られますので、東京の歌を書き留めておきます(1番)
 紫匂いし武蔵野野辺に、日本の文化の花咲き乱れ、
 月影入るべき山の端も無し、昔の広野の面影何処。

2007年10月28日 (日)

熟れし木苺

孫のため植えし木苺実の熟し孫成長し吾の楽しみ

未だ孫が幼い時、珍しいからと孫を喜ばせる為に、植木市から木苺の名前に引かれて買って植えました、夏と秋2回も赤い実をつけます。珍しいためか、孫達は熟すのを待ちきれずに、我先にと自分たちで取っては口の周りを赤くしながら食べる姿が、可愛くて見て居りました。本当は私も食べたかったのですが。
毎年其の季節に成ると、孫も私も小さな篭を持って、何よりの楽しみでした。然し孫も中学生に成る頃から、段々食べなく成り、何時の間にか赤いつぶつぶの固まりの実は、季を告げるだけに成り、小鳥と私の楽しみに変わりました。今秋の実が真っ赤に熟し美しく、幼なかった頃の孫を懐かしく思い出しております。

2007年10月27日 (土)

時の重さ

ひたぶるに十数年の闘病を過ごして来たり時の重さよ

今日、お断りしても、クラス会の通知がきました。「貴女の事は皆様心配して、必ず話題に成るのよ、如何ですか?又どなたか、帰りに伺うと思いますが、クラス会の様子だけでも楽しみになさって」と有り、考えたら20年近く欠席ばかり(以前は一日も欠席の無かったのに)。皆の顔が浮かんでお会いしたく、心配ばかりお掛けしていて申し分けなさ、此の「時」の長さが改めて重―く感じられました。矢張り只ひたすらに、良く成る事を信じて、どんな苦しい治療にも耐えて来た事が、虚しく感じます。クラス会の帰りに、寄せ書き等持って来て色々様子を教えて下さる、お友達を今は楽しみに致しております。お友達はいいですね。

2007年10月26日 (金)

代の変わりて

新米の届きて見れば差出人義兄の逝きて甥の名前で

主人の実家は東北の米所で、結婚して毎年、新米を一番先に送って下さり、毎年其れを楽しみに致して居りました。昨年義兄と、続いて義姉が亡くなり急に寂しく成りました。もう新米は来なく成るものと思って居りました。
其れが今年も新米が届き、差し出し人を見ましたら、名字は同じですが甥のなまえでした。凄く嬉しく、感謝しましたが、長年続いた義兄の名前が無くとても寂しい思いです。こうして代が変わって行くのですね。残っているのは主人と私だけ。順番が來た様でさみしいです。

2007年10月25日 (木)

音止まず

有難う答えつ立てぬもどかしさ沸騰教えるタイマー響く

一人きりでお鍋にお湯を沸かし、一寸の時間でも辛いので、タイマーを掛けて休んでおりました。タイマーは沸騰したと、大きな音でピイピイ教えてくれました。「はい、有難う」とタイマーに答え、さて立ち上がり、車椅子にと思ってもそう簡単に行きません。その間にも大きな音を立て続けるタイマー、本当に便利であり難いのですが、リモコンで音を止められたらいいなーと思いました。

2007年10月24日 (水)

秋桜の散りて

秋桜の花知らぬ間に散り落ちて埋もるる様に吾も散りたし

あんなに美しく庭を楽しませて呉れたコスモスが、何時散り始めたのか知らない間に、ふっと気がついたらもうみんな散って仕舞いました。気がつけば寂しいですが、余りにも自然でしたので、此れが自然の定離なのだと納得しました。そして何時しか土に埋もれて。静かに、穏やかに、そのように私も散って行きたいと思いました。 (麻酔の先生が来られ、今日は2倍の薬を打って下さりました。休む時間も多かったけれど、とても楽に成りました。)

2007年10月23日 (火)

行き止まり

虚けとも思わる日々を過ごしおり吾が行く道は皆行き止まり

此のごろあまり意欲の無い虚(うつけ)とも思える日々を過ごしている。
何も考えなくぼんやりと、自分が何をして良いのか、言葉では自然の有るが侭にと体裁の良い事言い乍ら、結局は成す事が無く、進むべき道を手探りで探し乍ら、どの道を選んでも行き止まり。自然に何も考えず、空っぽな生き方を、他に道は無いのか。
侭ならぬ身をば憂いつ書きおりぬやがて疲れて深い眠りに
朝に目覚むれば道は開くか。

2007年10月22日 (月)

最後のハードル

幾つもの高きハードル越えて来し今人生の最後のハードル

長い過去を振り返ると、本当に色々山あり谷あり、小泉さんでは有りませんが、登り坂、下り坂、そして、まさか、の思いがけ無い事が有りました。その度此の高いハードルを頑張ってこしてきました。今度のハードルは、何故か高く感じますが此れが最後の頑張りだと、心だけは強く、焦らず無理しないで確実に超えたいと思います。其の先に有る安らぎ求めて。   (皆様の暖かい励ましを受けて、余り強く無いので一人では躓きそう。)

2007年10月21日 (日)

逢えぬ秋茜

秋茜待ち居る庭も静もりて今年は見えず秋の深まる

狭い庭ですが、毎年秋には秋茜が訪れ、「未だ自然は失われて居ない、」と安心する貴重なお客様。今年は季節が安定しなかった所為か、秋茜がとうとうあの可憐な、日本の秋を告げる赤とんぼとして、姿を見せてくれませんでした。もう秋も深まり、初冬の様な寒さ、待っても来る事は無いでしょう。凄く寂しいです。来年はきっと逢えるでしょう。

2007年10月20日 (土)

殺傷か

パソコンにちらつく小虫押しつぶす生きる権利を吾奪いしか

パソコンに小蠅より小さい小虫が、追っても、追ってもちらつき、どうにか逃がそうと追い払ったが駄目なので、つい指先で押しつぶしてしまいました。一寸の虫にも五分の魂と言って、いくら小さくても矢張り大事な命が有り、恐らく一筋の灯りを求めて一生懸命生きていたのに、邪魔だからと押しつぶしてしまい、今凄く心を咎めて居ます。今違う事書こうと、パソコンに向いましたのですが、何か可哀想な事をした様で、書けなくなりました。何も悪い事しないのに、虫さんご免なさい。今自分の命と重ねてしまいました。

2007年10月19日 (金)

孤独

実り無き一日を終えて吾が性の孤独を守り寝に就かむとす

今日も何も得る事無く只時間だけ過ぎ虚しく一日が過ぎ去りました。此れが私に与えられた一日なのです。
これ以上何も望んでいませんが。孤独は常に私に有るのです。外の景色もどんよりとした、灰色の雲に覆われ陽もささず、風も吹かず、何事も無く静かに終わりました。此れから床に入り眠るだけです。平安を感謝して。

2007年10月18日 (木)

安らぎと不安

一人居を安らぎとせし日もありき身の衰えば不安も出ずる

一人誰にも気兼ねなく、好きな事の出来る静かな一日を過ごす日々。其の安らぎを楽しんだ事でした。寂しいと思う様になったのは最近の事。今己の身が効かなく成り、突然起こる病状に近くに人が居てくれて、ああ良かったと思う様になりました。でも普段は殆ど一人の一日。不安に思う事も出て来ました。
自然有るが侭の一日を、静かに無理をしないで、そして怪我をしない様に気をつけて読書なり、テレビのスポーツ観戦等で平安に過ごしたいと思います。

2007年10月17日 (水)

認める時

黒髪の白に染まりて久しくば老いを認むる時の寂しさ

私は50代から髪を染めそれなりに楽しんで来ました。つい半年前迄は自然の光線で染まるヘアクリームで。然し緊急入院や怪我等繰り返し、忙しく又どうでも良い気持ちになり、自然の侭に白くして、「もし真っ白に成ったらバイオレットのスプレーでも吹きかけでおしゃれしよう」と楽しみにしていましたが、中々真っ白の美しい髪に成らず、まだら色。先日見えた友が私の白い髪に「別人と思えた」と言われショックでした。未だ染める余裕が無い私。白い髪に老いを今度こそ認め、老いの寂しさを肌に感じました。

2007年10月16日 (火)

お茶が恋しい

冷蔵庫開き冷気に戦きて何時しか麦茶のお茶に変わりぬ

夏から急に秋と言うより初冬と言う感じの日々。暑さが続いたので熱中症に成らない様に、水分と、冷たい麦茶が何時も冷蔵庫の中に、簡単なので何時迄も飲んでいました。然しこのところ急に秋らしく、むしろ寒くさえ感じています。今迄感じなかったのに。冷蔵庫を開けた途端冷気が頭の上から降って来てあわて戦きました。車椅子ですので冷気は上から浴びる様に降って来て。思わず「寒い」と、中の温度調節が真夏の侭で、孫が帰ったら変えて貰うつもり。
其れ以来中の麦茶はそっぽ向かれ、今は面倒でも久しぶりに暖かいお茶になりました。一服のお茶の美味しい事。選びぬかれたお茶が一杯有り、此の醍醐味の為に私が頑張っていれます。孫も私に似てお茶が大好きなので。

2007年10月15日 (月)

夜も更けて

夜半にふと付けたテレビに日の丸がはためきメロディーお寝み告げる

秋の夜は長く静かです。夜行族に成って、皆寝静まってからの方が雑音が無く読書をするのが好きで、又は思いに耽り、習慣に成ってしまい、薬を飲んでもなかなか効きません。時々3チャンネルで興味の有る放映をしていますので、テレビのスイッチを入れましたら、日の丸がはためき、メロディーが流れ「もう遅いからお寝みなさい」と告げているようでした。本当は早寝、早起き、が健康に良いのは判っていますが、もう駄目ですね。静寂の魅力に負けてしまいます。寂しいのに。

2007年10月14日 (日)

人恋う秋

秋故に人を恋うるか空蝉の君を思へり汝は知らずや

秋は人の恋しい季節とか。何故か秋の夜はもの悲しい、心静かに歌集等読んで居りましたら、未だ人を恋しく思う女の性を感じました。生きて居る自分を改めて自覚しました。病葉と言えど、枯れ果てて朽ちたくは無い。
荒き風音を聞き乍ら、何故かセンチメンタルにひたりました。  病気の方が驚いているでしょう。

2007年10月13日 (土)

夢は彼方へ

抱きしめた腕の間をくぐり抜け何時しか夢は遥か彼方に

人の世は儚きものですね。今本の整理をし乍ら、あの情熱を持って揃えた翻刻に必要な専門の辞書を前にして、どれも手放せない、然し誰にも必要ない10冊位の大事だった六体大、変態仮名、漢字崩し、異体文字、古語、漢字六体、漢和大、広辞苑等の辞書がどうしても捨てなければ成らないのに捨てられない。老後の生き甲斐に文学部でもないのに、変態仮名から何年も勉強して、翻刻をやっと出来る様に成り、難しい額や古文書を読める様に成ったのに、大事に抱きしめ抱え込んで居た夢が腕の間からするりと抜け、取り戻せない、遥か彼方に消え去ってしまいました。今は抜け殻みたいに、日々生きる事に追われて生き甲斐が有りません。コピーの古文書を時々出して読みますが、懐かしいだけ。この世に私は何も残しませんが、翻刻した証の本は三省堂から図書館に間違いなく残っているそうです。後の勉強する方のお役に立てば嬉しいです。

2007年10月12日 (金)

長寿の時代に

もう何歳未だ何歳と歳数え長寿の時代吾はどの位置

昔に比べれば、確かに長生きと言えます。自分の歳をもう何十幾つと、未だ何十幾つと数え、でも平均寿命迄は無理だと思う時、長寿の時代本当はもう少し長生きしたい。何も出来ないが見たいものや、楽しみたい事等、未だ未練は正直あります。
こんな中、今の自分は大体どの位の位置に居るのでしょうと、つまらぬ事を考えてしまいました。亡くなられたお友達、未だお元気で世界一周の船旅をなさっているお友達の事を考え乍ら。孫は「早く歳取りたいよ」と。

2007年10月11日 (木)

又逢えるかな

帰る友姿消ゆまで見送りぬ友も幾度も振り返り居り

「又来るわね」と帰りし友の2年ぶり、久しく合わないからと、お見舞いに来てくださった。もう逢えないとお互い思い乍らお別れしたのだが、お互い痛い所が増え乍ら、どうにか未だ生きながらえて、又言葉通り来てくださった。私が口だけは元気だが、歩け無く成り家の中も車椅子でやっと移動しているのに驚いておられた。其れに髪を染めずに居たので別人に思えたとも。髪の色は矢張り印象が変わるのでしょう。怪我や入院続きで諦め、染めずに白くしようと思っておりましたが。彼女が私の為にミキサー食を作りコーヒーを入れて下さり、お昼を共にし、生きていて良かったと思いました。帰る時「又来るわね」と。車椅子を孫に玄関に出してもらい、帰る友を見送りました。今度こそもう最後かな、と思いつつ。友の姿が消える迄涙で潤み乍ら手を振って見送りました。友も何度も、何度も、振り返り乍ら角を曲がりました。

2007年10月10日 (水)

寝返り位自由に

寝返りをうちたい時に侭ならぬ此のもどかしさ昔は知らず

私が入院中に孫が「ばばのベット気持ちいいから寝てた。でも何回も落ちた」と「柵があるから、足の方から落ちたので痛くは無いけど、僕は矢張りベットは合わない」としきりにぼやいておりました。夜先に寝た孫を見ていると、布団からはみ出し、枕も外し掛け布団も足元から引き上げている。此れでは落ちるのは当たり前だと思いました。
然し此れが当たり前。実は私はヘルパーさんに褒められる?程寝たままの形で布団のずれも無く、皺も無く、そう寝返りもしないで、朝までじっと仰向けのままです。本当は動きたいのに動けず、ただ寝返りを途中で諦めているだけなので、もどかしい思いをしております。私も前は孫と同じ、ベットから体は落ちないが、布団を落とし夜中に探したものです。其れが今は寝相が良いと褒められて、苦笑しております。

2007年10月 9日 (火)

願い叶わず

七夕に心を籠めし短冊の願い届かず虚し秋星(空)

7月に入院しました時に談話室に入院患者さんの為の七夕の笹飾りが有りました。老いも幼きも思い思いの願い事を書いて笹に下げ、叶う事を祈りました。私も心を込めて願い事を書きました。本当は願い事を人に言っては叶わぬと言われていますが、もう今年は時効で言いますと、「どうか病気が進行しません様に。現状維持を」とお願いしました。然し進行は止まらず、その上に新しい痛みが加わり、「七夕の天の川のお星様に直接お願いしなかったから」と冷たい秋雨の中虚しく思っています。此れから冬と言う深い谷が待って居りますが、今年の猛暑の山を乗り超えられたのだから、もう一度頑張れると信じています。其の前に美しい紅葉など楽しい事もありますね。

2007年10月 8日 (月)

秋の可憐?

秋風にゆれるコスモス爽やかに囁きおりて耳傾ける

皆に好かれる秋の花と言えば、矢張りコスモスでしょうね。今を盛りに庭を賑わせています。秋風に揺れてお互いが顔を見合わす様に、あちら、こちら、に何か囁いている様です。
胸を打ち動けない今、安静に寝たきり。目の前に可憐に、そして美しく風の吹くままに揺れているコスモスを、一日中飽かず眺めていました。其の優しいしぐさに、何か聞こえる様に思えじっと耳を傾けていました。お見舞いにコスモスを下さった友が亡くなり、寂しい思いも有るのですが。其の友の声も聞こえる様な気もして。私には秋の一番の花です。

2007年10月 7日 (日)

秋の簾

暑き陽を避けいし簾其の侭に秋風に揺れ何か寂しき

何時の間にか秋も進み吹く風も冷たい。夏の間あの暑い日ざしをよけ尽くしてくれた、すだれが未だ其の侭、風が吹く度にバタ、バタ、と揺れ此の季節何か寂しい。うらぶれた様に。矢張り物には活き活きと感じる季節がありますね。又来年の夏に活躍してもらう為に早く下ろしてあげたい。
 (昨日から麻酔の往診医が来て下さる事に成り、一つ楽に成れそうです。今は肋骨の皹を治す事が先ですが。)

2007年10月 6日 (土)

慣れすぎた合い言葉

別れ際転ばぬ様に気をつけて老いて声かく合い言葉なり

やって仕舞いました。大事な合い言葉なのに、余りにも安易に使い、聞きすぎて。人には本心から声掛けるのに。
昨夜ブログ書き終えて、此処迄は順調に、薬(眠剤)が効いて来たので「さあ寝よう」と、パソコンの椅子から車椅子に乗り換える時、足の危ないのを忘れて悪い足を付いてしまいました。その瞬間身体が崩れ、前の固いテーブルに思い切り胸をぶつけ、大きな音で飛び起きた孫に抱えられ、やっとベットに寝かせてもらいました。
大した事無いと思いましたが、薬がすぐに切れ、息が出来ず一応湿布をべたべた張り、動けないので整形外科に。「ああ折れてる」と運良くひびだけなので、幅広の包帯で固定してもらいました。然し私は、胸の筋萎縮が強く苦しいので、包帯を外し湿布を一日3回かえ安静に大きな息をしないで寝ています。又皆に迷惑かけてしまいました。2〜3週間かかると思いますが私の不注意。本当の骨折だったらと思うと「又神様の警告」と反省しました。当日看護婦さんから「骨折に気をつけて」と言われたばかり。骨粗鬆症の注射を受け乍ら。車椅子の侭書いています。咳も出来ません。皆様も気を付けて下さい。

2007年10月 5日 (金)

希望とリスク

子等は皆無限の明日を夢みつつ大きリスクも担いてゆかむ

国会の質疑応答をずっと見て居り、此れからの日本の進むべき方向を、本当にどうなる成るのでしょうと、重い気持ちで考えてしまいました。同じ国会議院、日本人、然し此れだけ意見の違い。国益を考えるのは同じ筈なのに。
私には判りません。今の子供達は現実豊な環境の中、將来に大きな夢を持って、勉強し、又無限の力をも持っています。然し私達も考えた事のない諸問題が今次々に出て来る様に、將来私達の時代に残した、今は判らないつけが子供達の上に背負はされて行く事でしょう。3ミリの薄さのテレビの裏に地球温暖化。考えると怖いですね。

2007年10月 4日 (木)

秋の夜長に

過去と言う流れの中より見付け来し熱き思い出耽る秋の夜

秋の夜は長い。眠れぬままに、何時しか過ごして来た過去の思い出に浸ってしまいました。余りにも長い長い物語。過去と言う流された川の中から、再び得られない,青春の熱き思いの日々、数数を拾い集めて、走馬灯の様に、懐かしく思いに耽っております。秋の夜は人の心をメルヘンの世界に導きロマンチックにしてくれますね。

2007年10月 3日 (水)

一番怖いのに

カマキリの正面にありあの鎌を振り上げる事無く秋の陽は落つ

虫の中で私が一番怖いのはカマキリです。子供の時から、大人に成っても、そして今も尚。
あの三角の緑の顔で睨まれ、大きな鎌を振り上げられると、怖くて庭におりられません。今にも襲われそうで、実際に被害にあった訳では有りませんが。
其れが今日ぼんやりと庭を眺めて居りましたら、ガラス戸の前の高い草の上にこちらを向いて止まっていました。今頃と、じっと見て居りましたら、むこうも動かずあの猛々しい大きな鎌を持ち上げるでも無く、何を待っているのか、じっとして居りました。
秋風が冷たく通り過ぎ、目をそらせている内に秋の陽は落ち暗く成っておりました。
寒さの中一寸可哀想。

2007年10月 2日 (火)

勿体なくて

豊作の蜜柑落ちいて拾い居り摘果出来ずに自然淘汰か

庭の蜜柑、大事に育てて一昨年は十数個、昨年は数えるほどなく、皆の口には入りませんでした。見守って居りましたのにヒヨドリに全部食べられてしまい、凄くがっかり、天敵と思う様になってしまいました。
其れが今年は豊作で数えられないくらい成り、三つ子、五つ子と、来る人皆「成り過ぎだから摘果した方がいい」と言ってくれましたが、どれも惜しくて出来ませんでした。心配した台風にも耐えたのですから。ところが今になって少しずつ、青い侭落ちてしまい、勿体ないので拾って酢橘の変わりにしています。香りは良いのですが、落ちる度に「何故?勿体ない」と心配です。色ずくと今度はヒヨドリとの戦いが始まるし。買った蜜柑は惜しく無いのに。大事に育てたからでしょうか。

2007年10月 1日 (月)

明治の亡母(母)に負けました

亡母(はは)よりは美と叡智持ち年取りて生きんとせしが全て及ばず

昭和に生まれた私は明治に生まれた母より、全て新しく優れた教育を受け、環境も良い時代に成人になったので、美しく歳を取り、充実した人生を送りたいと思って努力して参りました。でもお母さん、私は貴女に負けました。
今思えば何もかも、貴女の思いの侭に一人前の女性に成り、家を守り、貴女は私に全てまかせ、ある日、英語も出来ないのに一人でパスポートを取り、ニューヨークの娘の(私の妹)家に遊びに行って半年、帰りにサンフランシスコ、ハワイと勝手に遊び、居所も知らせず皆を心配させましたね。やっと電話があり「今何処にいるの?」と聞いたら「此処に居るよ」と「何処」「ハワイ」こんな会話ですませました。地味だった貴女が派手なアロハを着て帰り,皆開いた口がふさがりませんでした。お土産はメイド.イン.ジャパンの品々。
そんな母も81歳で安らかに私と娘に看取られ乍ら天国にいきました。そして今度は私の番だと思ったのに。外国も行けず、せめて貴女より長生きをと思いましたが、生まれ変わらない限り、此れも負けました。苦労したお母さんの勝ちですね。
何時もお祈りして居りますが、そちらへ行ったら其の続き色々お話いたしますね。天国でお父さんと仲良く見守ってくださいね。

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