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2007年6月

2007年6月30日 (土)

旧友

吾が病むを知りしと旧き友の来てかすかに残る面影潤む

今日はとても嬉しくて泣きました。私が首の手術をしてから、もう十数年経ちます。必ず出席して居りましたクラス会、其れ以来一度も出席できない侭、お友達が皆で寄せ書きして下さったり、お便りくださったり、またお見舞いにと、色々の方が来て下さって、私も甘えて居ります。
今日来て下さった方は遠くに嫁がれて、クラス会にも出席なさらなく、やっと出られるようになったら私が出られず、で、もう何十年もお会いして居りませんでしたが、私の具合が悪いと聞かれ、わざわざ訪ねて下さいました。お会い出来て、お名前は忘れてはいませんでしたが、でもあまりの変わり様におぼろげな面影の中、お互いを探し出して、話しているうちに、昔の侭の懐かしい心に手を取り合って泣いてしまいました。親しいお友達を数年の間に何人か無くし、寂しくお互い先の判らぬ歳で、今日お会いできた事はとても嬉しく、また来て下さるとおっしゃって帰られましたが。明日有ると思う心の山桜ではないですが、お互い元気でまたお会いしたいものです。

2007年6月29日 (金)

夕陽

赤々と山を焼きつつ陽の入りて今宵は草の褥に宿るか

病院の7階西の談話室から丁度夕日の沈む所に出会いました。まばゆくてある程度落ちる迄正視できず、いよいよと言う時のえも言われぬ美しさ。丁度丹沢の山並みと富士山に、赤々と山並を焼き付くすがごとく、其の山並みに入りました。入っても空は赤く染まり、病気も忘れて見入っていました。あの燃える太陽は何処に今夜の宿をとったのでしょう。。明日の朝早くまた美しい姿を表さなければならないのだから。

秋の夕日と言われるけれど、夏の太陽の沈むのも、凄いエネルギーを感じて見事ですね。

2007年6月28日 (木)

老いと夏

老いて病み夏の暑さの辛かりき父と母もが夏に逝きたり

毎年夏の暑さが体に堪える様なりました。今の時代クーラーは有りますが、私にとってあの科学的な冷房は大敵なのです。痛くて。自然の風に勝る物は有りませんが、そう巧く風の通る日は少なく、暑い日差しにアイスノンや扇風機でなんとか凌いでいますが、体力も落ち、寝ていても楽では有りません。特に地球温暖化のせいで。
私の父は7月に、母も8月の暑い日にみまかりました。此の夏をどう乗り切るかを考えております。
どうにもならない日にはクーラーを除湿に入れますが。深山の中のあの涼しさにあこがれます。

2007年6月27日 (水)

親なれば

己が年数えて湧きぬ悲しみは娘らもいずれは老いを迎うる

人は必ず老いる。其の寂しさは年をとらないと判らない。いくら充実した時を得て楽しげにしていても、面には出さぬ寂しさが有ると思う。私自身は心に止めて有るが侭に生きていますが、私が年を取った分、子供達も年を重ねて行く。愛している娘らの老いて行くのは親としてたまらない。老いの寂しさを味あわさせたく無い。理屈では判っていても。どうか恙なく幸せで長生きしてほしい。住みにくい地球で有るが故になお思います。

2007年6月26日 (火)

夏の雷(いかづち)

十重二十重重なりし雲貫きて一筋光る夏の雷(いかづち)

雷にも色々の姿あり、春雷、秋雷と季節により夫々個性があります。夏の雷は、にわかに空全体が暗く幾層の雲に覆われ其の雲を貫き、凄い轟音を後につれてて天から地まで絵に描く形の通り、一瞬だがくっきりと現れます。
其れが時を置かず、すぐにあちらこちらと場所をかえ、重なる事もあり、一人だったら怖くて直視できません。
その凄まじさに、夏は雷(いかづち)と呼びたくなります。今年も其の夏が近づいてきました。大抵入院中に病室の大きな窓から眺める事が多いのですが、矢張り家の事が心配です。

2007年6月25日 (月)

いたずら

吾が庭の八重桜に実のなりて見上ぐる人は驚き問わむ

私の実家の道路際の塀の側に、大きな八重桜がありました。街中では珍しく、通る人は皆さん「美しい」と、おっしゃってくださり、専らお花見は家ですませました。其処で私のいたずら心がとんでも無い事を考えました。桜の満開の頃サクランボも盛りで、母に今で言えば2パック位サクランボを買って来てもらい、誰もいない夕方、梯子をかけて私が登り、サクランボは大抵2つか3つに分かれていますので、其れを枝に散らしてかけました。結構大変な仕事でした。
翌日、「お父さん、サクランボがいっぱいなって居るわよ」と庭に弟、妹、を連れ出しました。母は私がやったと気づき黙っていましたが、父は腕を組んで、「うーん」と不思議そうに見ていました。弟達は喜んで、竹竿の先を割って顔を真っ赤にしてざるに取り、「美味しい」と大騒ぎ。「後で又ね」と止めさせたら、通る人が「あらサクランボがなっている。」と驚いて見ていました。
其の後、近くの有名なお花の先生が見え、「初めて見ましたけれど、八重桜にもサクランボがなるのですか?」。さすがお花の先生、この質問にはびっくり、私はこんな事迄考えていないいたずらでした。先生だけはいたずらを知られて大笑いで安心なさって帰られました。
毎年サクランボの季節になると思いだします。不思議そうに見ても誰も気づかなかったのが、不思議です。

2007年6月24日 (日)

昔の夏

日焼け止め孫はせっせと塗りており吾が幼きは黒んぼ大会

今は紫外線が体に悪いと、予防に徹している。帽子、日傘、は当たり前。皆日焼け止めをせっせと、塗って出かける。考えると私達の子供の頃は、そんなに紫外線に反応はしていなかった。娘時代でも特別の場合以外、髪型が崩れるので帽子はおしゃれ以外かぶりませんでした。同じ太陽でも紫外線の量が昔と今と違うのでしょうか?
小学校の時、夏休みが終わり2学期のはじめに、誰が一番日に焼けたかという「黒んぼ大会」が有り、一番黒い人が優勝杯をもらいました。其のために、夏休みは日に何回も海に入っては砂浜に寝転んで黒く焼いたものです。皮がぼろぼろ剥けたのを自慢し合って。今では考えられない事ですが、自然に親しみ過ごす夏休みでした。子供が日焼け止めクリーム塗ったなんて聞いた事もありませんでした。でも皮膚癌にもかからず、太陽にあたるのは健康に良いと信じていました。

2007年6月23日 (土)

登山

喘ぎつつ登りし焼岳(やけ)の頂上に立つも穂高は未だ高くあり

元気な頃、お友達と山登りに行こうと話が出て、槍、穂高の目標で、まづ低い山からと、上高地の焼岳に登りました。一度は泊まりたいと思った帝国ホテルに宿泊。朝お弁当を作って頂き、8時出発、はじめは話しと自然を楽しみながら、そのうちグループが、バラバラになり、行き着くところは一本道なので気にもせず、段々足場が悪くなり80センチぐらいの崖っぷち、一人ずつ岩肌にかじりついて、口数も無くなり、水納の水も無くなり、上についたら、アイスクリーム食べたい、等と息切れがしてフウフウやっと付いたら、其処は焼岳の麓でした。山小屋が一軒有りアイスなんてとんでもない、お水を沢山買って補充し飲んで、お弁当を食べて、初めての岩山登り、真剣に一歩一歩と頂上目指して登りきりました。途中でリタイヤした方も居ましたが、根性で、頂上に辿り着いた時の喜び、「ヤッホウー」と叫びました。皆で集まり写真を撮って、周りを見回した時、高さ的に近づいたと思った槍、穂高は遥か高い空にそびえていました。帰りはご想像に任せます。真っ暗に成ってホテルにたどりつきました。本当の登山なさる方は大笑いだと思いますが、私は一人前の登山のつもりです。今は2階の娘の所の登山もだめ。

2007年6月22日 (金)

天気予報?無念

未だ来ぬと冬のセーター洗濯し干さんとすれば今日から梅雨と

梅雨宣言より、雨は降らず梅雨の来る気配が無いので、明けてからと溜めて置いたセーター類、何時迄も置いておくのも嫌なので、お風呂に入った時孫に手伝ってもらい、全部洗いました。干すばかりにバスタオルの上に並べ、朝に成ったら干してもらおうと、思っていたら、うかつにも昨日はテレビの天気予報を見ませんでした。そしてやっと今朝ニュースの続きで天気予報を見たらなんと関東地方、今日から本格梅雨入り。昨日迄かんかん照りだったのに、本当かしらと悲しくなりました。今度は一日で良い、天気予報が当たりません様にと祈ります。こんなアンラッキーな事ってあるんですね。やっと頑張って洗ったのに。
(羊毛なので、乾燥機は使えず、いざと成ったら扇風機で干すしか無いでしょうね。)

2007年6月21日 (木)

水不足

空梅雨を案じつ晴れの有り難き痛み少なく恙なき今日

各地で水不足を心配している。夏の水不足の辛さは、何度も経験し本気で、雨乞い迄しているのを見ている。
空梅雨は死活問題で、矢張り案じています。でも雨の日の体調の崩れは私的な事だが、本当に痛くてじっと我慢するが辛いのです。そろそろと覚悟はして居りますが、今日一日、晴れて呉れて少し楽な一日を恙なく過ごせて感謝しております。
主人が旅行しますので、その間は雨が降ってほしいです。庭の花や草木の水やりが困るので。誰かが犠牲に成る。

2007年6月20日 (水)

亡母の残せし物

我がものは殆ど始末したれども亡母(母)の残せし物捨てられぬ

私の物は、老いと病で後に私物を残したく無いので、惜しみつつも少しずつ、思いきって捨てました。後は現在必要な物だけ。でも未だ母から貴重だからと、私に残された大島紡ぎのセット、一度しか着ない高価な小紋や手書きの加賀友禅などの和服類、や帯、帯留め、鼈甲の髪飾り、娘達に説明しても、いらないと言う。私が始末して行かなければ成らないのだが、何度も捨てようと取り出したのだが、母が私にだけわざわざ持って来て、置いて行った時の気持ちが判るので、またタンスにしまい込んだ。私の手では捨てられないが、私が居なくなれば誰かがどうにかするでしょう。

2007年6月19日 (火)

終の梅干し

亡き母が今年で終わりと梅漬けし思いて漬けむ吾も終わりと

家に成る梅、はじめは梅酒其れも何年とたまり、梅ジュース、其れも飽きて、矢張り食卓にのる定番の梅干しにおちついて、減塩で丁寧に漬けて来ました。昨年も、きついなーと思いましたが、いつまでも取らずに居たら今年は大きく、プラムぐらいに成り、主人が取って、いつものように渡されました。体調が良く無いのでどうしようと考えましたが、梅だけは煮て食べられず、腐るので漬けるしか無く、時間をかけてどうにか漬けました。昔母が「辛いから、梅干しは今年で終わりにする。此れが最後だから」と言いつつ漬けていたのを思い出しながら、母のあの時の辛さが判り、「ああ、私も今年が最後、もう駄目」と言いつつ漬け終わりました。来年はどうするのでしょう。

2007年6月18日 (月)

梅雨はどこ

梅雨の中雨を選びて鎌倉の紫陽花寺に見に行きし有り

紫陽花が盛りです。でもあのしとしとと、梅雨の降る中でしっとりと映える紫陽花は、えも言われぬ趣きが有り、六月の雨に咲く花と心癒す存在でした。でも今年は予報は早く、開花宣言と同じにはずれ、がっかりなさった方もおられると思います。
わざわざ雨の日を選び鎌倉に紫陽花を見に行ったことがありました。紫陽花寺のすり減った古い石の階段の両脇にびっしりと、紫の紫陽花が覆い尽くし、雨の煙に霞む花を見ながら何時の間にか階段を上りきって、静かなお寺にお参りして心洗われ清々しい気持ちで帰って来ました。歩けた時の思いでに浸っています。

2007年6月17日 (日)

揚羽蝶

美しき花に纏いしアゲハチョウ花より美なる己知らでか

梅雨も予報道りにならず毎日真夏日が続いています。庭の花々に黒、黄色、水色、オレンジと、ひらひら美しいアゲハチョウが纏わり付いて、とても楽しい光景です。じっとしている花より、よほど美しく思われました。チョウチョ自身は自分の美しさを知っているのでしょうか。

2007年6月16日 (土)

人恋う夜

一言も言葉無き日に慣れたるか寂しと言わず人恋う夜と

皆色々生活がある。孫も面倒は良く見て呉れるが、朝早く学校に行き、帰りは資格を取る塾にと、一生懸命勉強し遅く帰る。主人には主人の人生があり、色々外出が多く、私はほとんど朝から晩まで一人で、一言も言葉を出さない事が多い。テレビは勝手に、話しているし、誰か帰って来るのをひたすら待つだけ。寂しいけれど今は当たり前の
生活のリズムが出来ている。だから寂しいとは言わず、人恋う夜、と言う事にしました。健康なら私も外出して色々する事があるでしょうが。残念です。

2007年6月15日 (金)

優しいけれど

 (  ご免なさい、一日寝ていて短歌らしいもの出来ませんでした。)

声高に注意守らぬ人叱る優しい医師の本気の治療

病院で呼ばれて診察室の前で、次の番を待っておりました。私は此の先生に何度、命を助けて頂いたことか。凄く苦しんで居る時も先生のお顔が見えるだけで、治るのです。優しく説明して下さり、心から信頼して、何でも言える先生。その先生がきつく大きな声で「大事な注意がこんなに守れないなら、自分で治す意思が無いなら、もう来なくてもいい!」とおっしゃっておられた。初めて耳にした先生の怒られた言葉。その患者さん何か言い訳していたようですが「いくら言い訳してもデーターにちゃんと現れているのですよ」と。本当に患者さんの事を思って治療なさっておられるのを痛感いたしました。私が怒られた事無いのは一生懸命守って治して頂いているからですね。一番尊敬している先生です。

2007年6月14日 (木)

入院

入院を告げられ荷物まとめおり誰も持つまい枕とアンカ

繰り返す入院、どういう治療をするか知って居る今は、治療の痛さは我慢する覚悟ができているつもりでも、腰の手術の跡が痛い病院のベットのことを考えると、昔は「暑いので別荘に行って来ます」、なんて言っていましたが、矢張り嫌ですね。一歩ずつでも出来る事は前進しているつもりです。夏なのにアンカと、首の手術をしたので首にあった枕も持参。日にちに関係なく大きな旅行みたいです。矢張り気になるのは、ブログ。見て下さる方の有り難さを思う時、離れれるのがさみしいです。まだ日にちがあるので、歌は書けないけれど嬉しいです。

2007年6月13日 (水)

静かすぎて

静けさを求めて来たる山の宿眠りさまたぐせせらぎの音

寝込む前は一年に一度はお友達と温泉旅行を続けておりました。不自由に成ってから、お誘いを遠慮して居ましたが、「貴女は何も持たなくても良い。歩かなくともいい。面倒はみんなで見るから」と皆で何回も誘って下さったので私も、此れが最後の友との旅行だと甘え、便利な箱根の温泉にいきました。薬だけ持った形で。そして静かなところがと、今まで行った事の無い宿をとって。本当にすてきな宿。窓をあけると綺麗な川が流れ、せせらぎの音が心地よく、前は山が間近に青青と、久しぶりに皆で温泉に入り、美味しいご馳走を頂き遅くまでつも時を忘れて、二時頃床に付きました、その後静かすぎてあの美しいせせらぎの音が耳からは慣れず、どうしても寝られず朝を迎えました。結局此の旅行が最後になりました。眠れなかったが、今は良い思いでとなりました。

2007年6月12日 (火)

あの色は何処

美しき緑も花も日の暮れて色失せしゆき墨絵となりぬ

誰も帰ってこない。ガラス戸越しに庭を眺めていたら、だんだん日の落ちてゆき何時の間にか、あの美しく輝いていた、緑の木々も、薔薇のピンク、赤もそしてペニチュアの可愛い花も段々いろが無くなり、区別が付かなくなりました。そして黒い墨絵の陰になり、寂しい庭に。早く誰かかえって来ないかなと人恋しい闇になりました。

2007年6月11日 (月)

魅せられし月

月仰ぎ神秘なものに魅せられて癒されもあり悲しみもいづ

憂き事のつもりて、まま成らぬ心持て余し、夜空を仰ぎ月の光に心引かれ色々の思いを込めて眺めていたら、何時しか、口では言えぬ、神秘的な魅力に引かされて、じっと虜に成り見つめていました。月は心を癒してもくれ。また心の中の悲しみも自然にわいて来て心侘しくもなりました。

2007年6月10日 (日)

はや収穫?

花散りてつけし蜜柑の数かぞう秋の実りを今から待たる

今年は蜜柑の花が例年より沢山咲きました。そして実も沢山。
もししたら豊作?!と望みを持っていますが、毎年裏切られ、何時の間にか落ちてしまい、皆にあげらなくなる。
今1センチぐらいの大きさに成り目立つようになりましたが、此れからが自然淘汰でしょう。温州蜜柑で味は最高なのですが。。。
取らぬ狸の皮算用で無ければ良いなと思いますね。

2007年6月 9日 (土)

気にしない

磨きあげ白き食器の燻りて気になるものか矢張り主婦なり

毎日の食器、奇麗に磨き上げ、皆で並べて食べるのが好きでした。皆は気がつかなかったらしいけれど。手の動くうちは、こっそりと、白く磨いて食器棚に並べておりました。今は、矢張り使う度に光も無くなり、くすぶって汚く見え、見る度に気になります。お掃除もそうですが、自分の身の回りは奇麗にしますが、あとは目をつぶってみない事にしています。病でも主婦の本性でしょうか。

2007年6月 8日 (金)

緑の風

網戸越し入りくる風の心地良き緑の葉群れ抜け来し香のあり

今年初めて夏らしい暑さに外の風をいれました。網戸越しに心地よい風がさっと吹き込み、汗ばんでいた肌に触れたとき、木々の緑の葉のあいだを潜り抜けて来たのか、清々しい青葉の香りがしました。何時も今日の様な気候だといいのですけれど。  痛みにも響かず嬉しいかぜでした。暑さも厳しくなるとクーラーの風に変わるのでしょうね。

2007年6月 7日 (木)

やはり自然

久々に六本木にい出懐かしむ突然恋し海山川が

久ぶりに東京歯科大学にいくので六本木を通り「懐かしいなあー」と言ったら運転手さんが、アマンドの所で「だいぶ変わりましたが此処だけは昔のままですよ」とゆっくり通ってくれました。良くお友達と待ち合わせたところ、元気な頃を思いだしていましたが。突然、海や山や渓流が恋しく、行けるものなら通ってほしいと思いました。当然叶わぬ夢。皇居のお堀と、松の緑で我慢しました。やはり東京生まれの東京育ちは大きな自然を求めているのですね。

病院検査の結果国立に入院する事に致しました。来週ですが。

2007年6月 6日 (水)

手紙

何時しらに手紙書くとは打つものとなりて寂しき活字冷たく

今の時代手の不自由な方でなくともパソコンの手紙が多い。昔は少しでも美しく書こうと、練習したものです、字を見ただけで、ああ此れはあの方だとすぐわかり、嬉しく封を切ったものでした。一字一字に込められた暖かさを感じました。だから、ちゃんと何時までもしまってあるのです。今の私は手が不自由ですが、たとえ曲がりくねった、汚い字でも一日かけて、自分の手でお手紙、お返事、を書いております。郵便やさんが読み取れて、相手に届いてくれればと。長い文は仕方なくパソコンを使いますが、封筒やはがきの宛名と自分の名前は必ず汚くても。書きます。
年賀状に限らず活字ばかりのお手紙は、内容は判ってもやはり暖かさがなく寂しいと思いますね。
 今日10時までに病院に行きますがタクシーで片道1時間、運が悪いと1時間半かかるので今から支度です。

2007年6月 5日 (火)

花の命は短くて

艶やかに孔雀サボテン咲き終えてうつむき哀し次の花咲く。

赤い大輪の孔雀サボテン、白いのは月下美人で夜咲くが、赤は昼間日差しのもとに、艶やかに咲く。美しいと眺めていても、悲しいかな4〜5時間の短い命。一年間かけて花開き大輪の芸術的な花を咲かせ、たった4〜5時間でしぼみ、うなだれてしまう。写生どころか写真をとるのが精一杯。でも次がすぐ咲く。しかし短い命、寂しさと悲しみを覚える。面と向かって表情はみる暇もないくらい。「人間はなぜ死ぬのでしょう」ではないけれど悲しいですね。

2007年6月 4日 (月)

深夜便

深夜便ばかり書きおるこのごろは昼の日差しに咲く花まぶし

孫の勉強が終わってから、お風呂に入れて貰うので、お風呂から出るとどうしても遅くなり、でも筋肉が楽になるのでつい書き出してしまい、深夜便に成ってしまいます。元々深夜族でしたので、何の抵抗もありません。ただ夜書くと変な事書いてしまいがちですが。痛みの為に朝はのんびりと起きるので、ブログが一日の終わりに成ってしまいますので。言い訳かな? 筑紫哲也さんの番組を見てから寝ていたので、今はご病気の為お休みなさっていて寂しいです。
昼間は起きてそれなりの事をしており、空と庭の花をみるのが楽しみですが、深夜族、お日様に輝く花が眩しく思えます。

2007年6月 3日 (日)

青き空入道雲かもくもくともり立ちおりてはや六月に

今日は珍しく白い雲の色が混ざり合いてもくもくと立ち上がり真夏の入道雲の様を呈していました。
考えるともう六月、可笑しくは無いのだが、此れから始まる夏は長く様々なドラマ、がある事でしょう。
美しい思いでに残るドラマにしてほしいです。

2007年6月 2日 (土)

紫陽花2

 ご免なさい。今日は紫陽花の歌をと考えたのですが、どうしても纏まりません。遊ばせて頂きました。
           
     紫陽花
  六月の雨に咲く花、紫陽花の
  赤 青 紫と さまざまに
  色は変われど その色は
  心変わりに あらずして
  雨に濡れつつ 束の間の
  梅雨の晴れ間に 君を待つ
  切ない恋 の心なり 
 
えいこ様。Mieko様。hiro-t様。Aki様。コメント本当に有り難うごさいました。私は毎日皆様の所に楽しみにお邪魔して居ります。コメントが、文字化けしてどうしても書けませんので残念です。皆さんの鴨の赤ちゃんのお話、テレビしか見た事無いのですが、可愛いですね。パソコン未だ退院できす、治ってもデーターがみんな消えるのは悲しいですね。此のブログだけ別に残して有って本当に良かったと思います。hiro-tさん矢張りこの時期体調お互い悪いですね。でもお歌は良く走って居て素敵です。皆様お身体をお大事にぼちぼち頑張って下さい

         

2007年6月 1日 (金)

紫陽花

疎ましき梅雨の訪れ告げるかに庭の紫陽花はや色づきぬ

今年は五月も雨が多く、このまま梅雨に入らなければ良いがとおそれて居ましたが、五月晴れの良い日もあり
でもあまり芳しくなかった。六月に入り、いよいよ梅雨の訪れか、庭の紫陽花が白から少し色づいて参りました
紫陽花の花は色変わりして楽しめ、梅雨の雨に咲く花と、だいすきです。只私の病気は、梅雨前線、と秋雨前線
が一年の難関なのです。低気圧も加わり、普通の雨と違い期間が長いので、痛みが強まり、歯を噛みしめる日々なのです。此の梅雨を乗り切ると夏のクーラー、一年余り良いとはいえませんが。紫陽花を楽しみましょう。

えいこさん始めコメント何時も有り難うございます。キテイちゃんずいぶん集まりましたね。本物を並べて見たいですね。小さいから場所をとらなくて良いですね。どうぞお身体に気を付けてお元気でね。

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