« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007年5月

2007年5月31日 (木)

伸び放題

手入れせぬ庭の草木がむさくるし我が髪の毛も切らずばならぬ

雨の所為か、肥料の所為か、やっと芽吹いたと思ったのはついこの間、日の立つのが早いのか今は、木も草も葉が沢山に伸び放題に茂り、茫々と鬱陶しい。植木やさんが入る程の庭では無いが矢張り選定し、草取りもしないと自然一杯すぎて、花も埋もれ凄くうっとうしいものです。そういえば私も昨年末に髪の毛を切ったまま、体調を崩して、髪の毛も大分伸びてむさ苦しい。そろそろ切らなければ成るまい。ヘルパーさんに洗って貰うのもお気の毒なので。
もうじき梅雨ですね。皆様おからだをお大事に。待ち人未だ来たらずです。 

2007年5月30日 (水)

空転の毎日

パソコンの壊れて判る知らぬ間に今や無くてはならぬ存在

此のパソコンを使ったときは、初代のパソコンに比べて、頭もいいし凄いと思いました。全ては早く、出来ない物は無いと。でも昨年新しい時代に対応して、更に小型で新しいのを買い求め、全てが動時進行で直ぐ起動、インターネットも、使い続けて此が当たり前に思えていました。故障の原因は未だ分かりませんが、今前のパソコンを使っていますが、日記などは殆ど新しい方に写し、どうでも良い物だけ残したり消したりで、歯抜けの状態。普通の事は出来ますが、最近のインターネットの機能を使ったら出来ないことがあったり、反応も遅く感じられ、何より必要なものが全部移して有るので、やる気が起こりません。私に使いこなす力も無く、このパソコンに新たな日記や病状の覚え書きなどを入れたら又面倒なことになるので、ひたすら良くなって帰って来るのを待って居ます。
しかし此のパソコンも無かったら、どんなに寂しく毎日の生活がなり立たないことか。今やパソコンは生活に密着して、無くては成らないものだと思いました。特に身体の不自由な人に取って、不自由さを補って、生きる希望を与えて呉れる事でしょう。感謝とともに、今はコメントの機能が使えず(文字化けしてしまうので)寂しいです。皆様のブログは読ませて頂いて居りコメント を書きたくてうずうずしています。皆様有り難う御座います。

2007年5月29日 (火)

夜明け

しらじらと明けそむ窓のうらめしき眠れぬ儘に今日を迎うか

睡眠薬を飲んで眠く成るまでと、ブログを書いた後ゲームをしていたら、寝そびれてしまい、仕方が無いので食堂のテーブルで本を読んでいたら、窓がしらじらと明けてきて、カラスの鳴き声も聞こえ、とうとう夜が明けてしまいました。今から寝るわけにも行かず「あーあこのまま今日一日がはじまる」と窓を見ながら何となく恨めしく思いました。昔試験の時は眠ら無いようにあの頃:ヒロポン:と云う薬を買って飲み勉強して苦労したのに、今は眠れず苦労しております。どうせなら歌の勉強すれば良いのにね。

コメント有り難う御座いました。色々書きたいけれど、此処に書けず寂しいです。

2007年5月28日 (月)

願望?

平均の寿命までは生きたしと只漠然とそう思いおり

生きる事はと色々考えていて女性の平均寿命は86才。「ずいぶん長いな」と思った。けれど母が81才で亡くなった時、「平均寿命まで生かせてあげたかった」と思いました。母の兄弟達はみんな90才近くまで生きており、下の妹は乳ガンで手術したとき「後3ヶ月位だから」と云われ、みんなで大事にしましたが現在100才を越えています。そして一番気を使って居た母が先に亡くなり寿命は判らないと思いました。
其れで「平均寿命まで生きられたら良いな。」と、何の根拠も無く考えました。母の年迄生きられ無い事を知りながら、86才なんて今の私には天文学的数字なのですが。だからそんな事思ったのでしょう。元気な主人が毎日一万歩歩いて居て、100才以上生きるのだと健康に気を配っているので。主人の家系がみんな長生きですので、私まで乗ってしまいました。こんな病気で86才まで生きたらギネスブックにのりますね。「線香の煙りとともにハイサヨナラ」いいですね。
コメント頂き有り難う御座います。「明日は明日の風がふく」で頑張って下さい。おげんきでね。

2007年5月27日 (日)

デジタル時代?

消灯し暗き部屋のあちこちに機器の存在明かりでしめす

さて寝ようと全ての灯りを消しましたが、見回すと、パソコンのオレンジ、電話の子機の赤、空気清浄器の
赤と緑、電動ベットのオレンジ、テレビの赤、と美しい色が目立ちます。真っ暗ではないのです。
これから先き、もっと増える可能性が高いと思います。

コメント下さった方、本当に有難うございます。誤字も直せなくて、ご免なさい。 有難うございました。
何もできず、昔の懐かしいゲームをやっております。日記を此のパソコンに入れても仕方がないので書きません。

2007年5月26日 (土)

此の侭終わるかも

 告げる事勇気なくして時を待ち永久の別れの近ずきて居り

 生きている間に告げておきたいと思いつつ、なぜか告げた後、もし悔やむような事になったらと、告げられず、告げずに悩んでいます。此の侭何も知らなければ、かえつて良いかなと、決断力の無い自分が歯がゆいけれど、此の侭終わりそう。

 昨日、コメントを頂きまして、有難うございました。とても嬉しいです。なぜか入力の間違いか、コメントの欄になると、文字化けして、何語か分からなくなってしまいますので。此のパソコンは古いのですが、捨てずにおいて良かったと思います。故障したのは昨年買って未だ新しいのです。どちらもアップルなのですが、此れは散々使ったのに、使い方忘れて、やはり老化現象?落ち着いたら入れなおしてみます。 

2007年5月25日 (金)

内緒

動く度油切れ音たてる骨老化現象人には云うまい

あちらこちらで、動くと、ポキ ポキ 油がきれた音がする。痛く無いのでおそらく、意識しないが、
老化現象の現れでしょう。恥ずかしいから、人には内緒。

実はパソコンが故障して、今修理に出しており直る迄、コメントはありがたく読ませて頂きますが、お返事が
かけません。申し訳ございません。此れは古い、老化現象のパソコンで、張り付けが思うように出来ません。
申し訳ございません。

2007年5月24日 (木)

宝箱

建て替えし時に見つけし宝箱屋根裏にありリカちゃん人形

孫のいる娘達が小学2年生位の時、リカちゃん、タミーちゃん、人形がはやり、夫々に衣装が何着も、靴、靴下、帽子、、スキー、ハンドバック、等小物が人間並以上、其れに椅子、机、ピアノ、等大きな箱一杯集め、余り洋服が高価ナノで、私もハンカチを使ってドレス、タイトスカート等作り、一緒に遊んだものでした。大きくなって、邪魔になり、しまい場所がなく、天井裏に置き其の侭何十年も忘れ、孫が遊ぶのに探しましたが見つからず諦めておりました。
数年前二世帯住宅に建てなおした時に、壊した家の屋根裏から箱ごと見つかりました。鑑定団でリカちゃん人形のお宝を知り、出してみました。懐かしさは一杯。然し孫も高校生もう遊ぶ年では無くなりましたが、思い出一杯のお宝この後誰が管理して呉れるでしょうか。忘れた私が一番駄目人間でしたが。

2007年5月23日 (水)

お母さん

父と母思う心に差はなけど何故か母には熱き血おぼゆ

今は亡き父や母を思い出します。生きて居る時から私は父も母も大好きでした。父が怒っても怖いとは思わず、母が怒ると“悪かった”と怖かった。でもいざとなると父には都合の良い事だけ話すけれど、母には何でも相談でき、母の言う事が身にしみて感じとれました。私が男で無いからか?でも弟達も同じでした。却って弟達は父の方が怖かった見たい。
今両親が亡くなっても、何かの集まりで出るのはお母さんの話題だけです。お父さんには気の毒だけど。もめ事が起きた時は皆母の味方でした。お腹の中で育ち生んで呉れたからでしょうか。

2007年5月22日 (火)

表裏

美しき夜空に映ゆる満月の見たいと思う其の裏側を

月々に月見る月は多けれど月見る月は此の月の月
と有るようにもうどれくらい満月を、美しいと眺めて来た事でしょうか。でも一度も、あの月の裏側は見た事が有りません。こんなに宇宙に行ける時代に、此れが月の裏側ですと、発表された事を知りません。何時もウサギの餅付き。
人間も自分の背中は見られません。物事必ず表と裏が有り、其の本質を見極めるのは難しく、だからこそ謎、見える物なら見たいし、見せたい。叉は見せたく無い。
虚虚実実とは違った意味があると思います。表裏一体と言う言葉も有りますが。考えると難しいですね。
人の心の中が見えないと同じに。    考え過ぎかな?あ まり深刻に取らないで下さい。羽織の裏が表より美しい事が有りますね。一寸物の見方を変えて見たかったのです。月の裏側ももっと美しいかもと。

2007年5月21日 (月)

五月晴

久々に吾が視界なる五月晴れ白き浮雲小鳥飛び交う

本当に久々の青い空。体調崩し寝ていたが、私のたった一つの視界、待ちに待った五月晴れ、矢張り気分も良く、嬉しい。狭い空だけど眺めるのが好きで、白い雲が様々に形を変えながら過ぎ去っていくのを、じっと見ていました。
其処へ思い掛け無く、白い雲をバックに小鳥達が小さい群れを成して思い思いに飛び交って、とても楽しい光景でした。たった其れだけの事がじっと籠って居る身には感激なのです。   なーんだと思うでしょうが。

2007年5月20日 (日)

天国

天国は痛み苦しみ出でぬ国死を恐れぬはそを知りおりて

人は生まれた時からすでに終着点に向かって歩んでいる。然し何もしないで漠然と目的もなく歩んで居るわけでは無い。大きな目的に日々希望を持ち努力しながら、この世に生を受け、選ばれた身、意味を良く理解して、なにをなすべきか、夫々の道を精一杯に生きなくてはならないし、尽さねばならないと思います。
死ぬのが怖いとおろおろ。何もせず、わが家の旦那様、サプリメントを20種類位飲んで検査ばかり、悪い所もないのに、何も治療してくれ無い医者はやぶ医者だと決めつけて居るので、考えました。お陰で私は、精いっぱい努力し、神の国天国を信じて居りますから怖いとは思いません。神のみ旨のままに楽しい日々を努力しています。悔いは有りつつも。

2007年5月19日 (土)

実り

生きおれば人夫々の悩み有り其の苦乗り越え実り有る世に

自分は病気で思わぬ苦しい人生の締括りを余儀無く送って居るが、一生には、毎日のニュースを見ても、夫々の悩みがつきない。此れは比べる事の出来ない苦しみ、悩みで、どんな事が有ろうとも、自分で乗り越え無ければならない。お互い助けあって行けるのは好ましいが、全てでは無い。今此の苦しみに打ち勝って、私には何の実りがあるだろうか、と考えますが。私の生き方を廻りの人が見ていて参考になるように頑張りたいと思います。

2007年5月18日 (金)

五月雨

五月雨を厭う心で聞きおれば突然そらの怒り地に落つ

折角の芽吹きし新緑に、命を与えて居る五月雨を自分の都合で(痛み)「嫌だなあ」と眉をひそめて聞いていたら、突然怒りの雷が、轟音とともに閃光を伴って地上に落ちてきました。耳を塞ぎながら一人ベットに潜り込んで居ましたが、天の恵みをそらんじた報いか、教えか、天の怒りに触れた私にお仕置きをされたみたいに感じ、反省しました。
この時期大切な雨なのですね。しとしと情緒たっぷりに折角静かにふって居たのに、只耳を傾けるだけで良かったのです。
相変わらず低気圧成らず、低血圧で(80)で気分が悪いです。

2007年5月17日 (木)

年を忘れて

この頃は昔の事のみ書き連ね心ときめき年不詳人

新しい時代に目を向けながら新しい事を取り入れ、其の裏で昔の若い頃の事ばかり思い出して、其れこそつい昨日の事の様に感じて、気が付くと現在の事の様に書いて居ます。自分でも、わからなく成る位新鮮で、(思いでは常に新し)自分の現在の年を忘れて、若い方のコメントの所為か、それと孫と真剣に意見交換や討論し、しまいには、大人げなく喧嘩ごしに成り、謝る事もあり、年相応で無くなり、若返りました。(少しだけど)。こんな調子だから年相応の貫録が有りません。だから敬老の日も忘れられて、催促すると誰?じじの事?と言われ寂しい様な嬉しいような。

2007年5月16日 (水)

駄作は駄作

歌作り推考し居ればいつの間に最初の歌に収まりている

たまに真剣に歌にとりくんで、推考を重ね、こねくり回していてもどうにも成らず、気が付けば何と最初の歌に戻って居ました。いくら考えても駄作は駄作。がっかりです。

此の所何故か血圧が80台で、だるくて、食べ物を考え直して居ます。先ず歯の治療を済ませて少しは固形物に近い物を美味しいと思って食べ様と努力する事にしました。有言不実行の反省。

2007年5月15日 (火)

青梅

青梅の日々育ちゆく季にい入りてはや梅干しの唾たまりおり
青梅は鳥は食まねど子供らが取りて投げ合う梅の実知らず

梅の実が大きく育ち目立つ様になりました。毎年、遅めに大きくしてから収穫し、薄塩で管理し、土用のお天気の良い日を選び、三日三晩の土用干し、数が少ないので毎日裏返し、自分用に色良く作ります。
塩を殆ど使わない様に、其れだけに腐らない様に、干す迄は涼しい所に置き確かめ、干し終れば容器に移し冷蔵庫に保管します。安心して食べられますので、(減塩)嬉しいです。でも梅干しと考えただけで口の中に酸っぱい唾が溜まります。未だ実なのに。其れまでに、近所のお子さんが、集団で取って投げ合い遊ぶので、何時の間にか無くなる事が有るので心配です。此れが大事な梅の実とは知らないで、沢山あるので面白いのでしょう。見張る訳にはいかないので。

2007年5月14日 (月)

知りすぎた電話

老人と知りて掛け来る電話なり軍歌演歌と墓地の勧誘

この頃やたらと勧誘の電話が多い。誰もいないと枕元に有るので出なければ成らない。其れが、此方の事を何処で調べたか、老人向けの勧誘ばかり。投資、軍歌のCD,や演歌のCD、此れは興味ないと断るが、「お近くに新しいお墓が出来ますから、資料を送らせて頂きます」。お墓の宣伝は沢山、「早く予約しないと便利な所だから売り切れます」。此処の家も知って居るみたい。「お墓はもう買ってあります。有難う」と皆断るが寝ていて体調悪い時に実に不愉快です。娘に聞いたら、うちは塾の事ばかり。気持ち悪いと話していました。余りにも良く知っていて、断っても他から。電話代も人件費も大変でしょうが、何より寝ている病人を起して縁起でも無い墓地の話は結構です・

2007年5月13日 (日)

かくれんぼ

かくれんぼしてる訳では無いけれど出るに出られぬトイレの中で

何時も昼間はだれも居ない。したい放題、恥ずかしくも無く。パジャマのままで居ました。其れが丁度トイレに入った時に主人が男の人を連れて来て、「家内が具合悪くて、寝て入るので」と玄関に入ってきました。そして「おい○○さんが見えた」と声を掛け部屋に入ったらしい。居ないので「何処かへ行ったらしい」と食堂に入りどうやら話しこんで仕舞いました。便座は暖かいのだが音を立てられず、じっと帰るのをひたすらまちました。どうやら話しが終って「奥さんに宜しく」とかえられた。やっと出られてホッとしているのに「何処へ隠れていたんだ」と「分かって居るでしょう」と言いたかったが車椅子を珍しくお風呂場に入れてあったので。お手洗いの手ぬぐいを取り換えたかったので。「もういいかい」と言われたら
「もう良いよ」と答えたかった。

2007年5月12日 (土)

飲む食事

薬飲む為の三度の食事なり流動食を味気無く食む

本当なら三食きちんと取らないかも知れない。余り食欲がないから。然し一日25種類の薬を飲み胃を痛めて居るので必ず三度薬の前に食事をします。然し流動食なので、栄養は足りて居るのだが、美味しいと思う筈はない。終るとホッとする。病院は夫々器に乗せて呉れるので、色も緑、黄色、白など美しい、でも何だか形がないので分からず、献立表を見ながら、味を確かめる。でも天ぷら、や、豚カツ、ステーキが出る筈ないのでお世辞にも美味しいとは言えない。これもこんな病気の人で無ければ分からない。減塩食で、お塩一粒口に入れると美味しいーとおもう。まして自分で作る流動食、面倒だから全部入れてカッターにかけるのだから、365日はやり切れない。苺潰して、コーヒー、紅茶、無糖で此れだけが本物の味。そしてお抹茶の味、良く味わって飲む。美味しい物は生きて居る間には間に合わない。侘びしいものです。

2007年5月11日 (金)

五月の風に

過ぎゆきし風心地良く見上ぐれば空に懐かし鯉のぼり泳ぐ

やっと五月らしく吹く風も気持ち良く爽やかに成りました。初夏の匂いか、風に向かいて顔を背ける事もなく。叉昔の風習を蘇らせてか、男の子が生まれたのか、緋鯉、真鯉の二匹が五月の風に。勢い良く泳いでいました。気持ち良いですね。日本の伝統が生きがえって。

月曜日日赤でうけた首の内側のブロック、未だ効いて居て胸の苦しさがなくなりました。たった一つでも楽に成る事は私にとって何より有り難い事ですし、希望が持てました。神様、先生有難うございます。

2007年5月10日 (木)

初夏の香り

亡き母を受け継ぎ庭の山椒を煮れば家中初夏の香り満つ

家の庭に実は成らないが母の残した山椒の木がある。大きく成れば実が生ると信じて居たが実成りは別とか。毎年母が此の山椒の柔らかい内に、葉を佃煮にしていました。母亡き後は何か思い出して悲しいので、何となく避けて居りましたが、今母と同じ立場になり、母を偲んで、受け継いだ味で山椒の葉を煮ました。強いですね此の山椒の香り、家中に香りが満ち溢れ初夏の香りがいっぱいでした。母と同じ様に娘達に分けて煮方を教えました。灰汁を取り忘れると強いので、果たして何処迄覚えて呉れた事やら。でも母の様に喜ぶ顔を見るのが嬉しいので。

2007年5月 9日 (水)

夜も眠らぬ人

夜半の二時三時に目覚めパソコンに向かえば未だゲーム満員

この頃何か不安定な心理状態で夜中に目覚め、する事無いのでパソコンのゲームを始めようとしたら、昼間は案外スムースに出来るのに、満員。こんな時間に、昼間何やっていらっしゃる方達だろうか?でも今此のゲーム参加しているのは私だと思ったら納得いきました。可笑しいのか、悲しいのか。偶にはラジオを聴く事も有るけれど。睡眠薬を飲めばすぐ寝られるのですがなるべく量を増やしたくないので。深夜族の仲間入り。其れで朝起きられないなんて、皆諦めて居るし、夜中に起きてこんな事して居るの誰も知りません。

2007年5月 8日 (火)

老いらくの恋(夢)

昨夜見し夢なる君の優しさに叉も逢わむと昼もまどろむ
ふつふつと思い湧きいる人の有り夢なら神も許し給うか

万葉の時代から人は恋をする歌が多い。いくら科学が進んでも人の性か。昨日優しい先生方の心に接して嬉しかった為か、夢の中で優しい男性に出会いました。あの方にもう一度会いたい、顔も覚えて居ないが、そんな思いで居たら何時の間にかまどろんでいました。毎日の苦しい現実から逃れて出来る事なら19の春に戻りたいが此れも叶わぬ夢、夢の中の思いなら神様も許して下さるでしょう。せめて心の中にロマンの世界を持つ事を。

今日はヘルパーさん、マッサージの先生も見え家の人は誰もいないが、結構話す人が居るので嬉しい。
昨日の首のブロック今も胸の苦しさが無く本当に幸せ。深呼吸も出来るし、此れが当たり前の状態だが私には新しい身体に思えて、此の侭良く成って欲しい。胸の薬も湿布もいらない生活。先生に感謝。

2007年5月 7日 (月)

何故鹹い

人の世の悲しさ甘さを吸いとりし涙は何故に鹹きに徹す

人生生きていると、辛い事、悲しい事そし酸いも甘いも噛み分けると言うけれど、色々の事を経験し、嬉しさに涙し、悲しさに涙し、痛さにも涙が出る。男は泣かないと言うがそんな事無いと思います、情の通った人間ならば、でも甘さをも吸いとッた流す涙は鹹いのです。良く喜劇は悲劇よりなお悲劇成りと。涙の鹹さは其れに徹して居るのでしょうか。

今日日赤三科廻り、車椅子で、予約でも待たされ、最後に麻酔科でブロック受けて、帰ると口も利けない程疲れる・治らないと分かって居ても薬貰い新しい情報入るかも。帰ったらバタン、キユウです。

2007年5月 6日 (日)

新しい古時計

一日に二回だけ合う脱衣所の電池切れ成る時計つい見る

何時も孫が勉強済んだらお風呂に入れて呉れる。其の時間が12時一寸まえ。今何時かな?と時計を見ると12時8分、大分暖まったなと思い、其の侭出る。そんなことをして居て気がつかなかったが、1時過ぎた事があり「あれっ此の時計動いて居るの?」孫も「こんな筈無い、止まって居るよ。」で、初めて気が付いて主人に報告したが余り見ないらしく其の侭。お風呂場のデジタル時計は見えにく、大きな柱時計をつい見てしまう。形は昔の古い時計だが電池がないと動かない。新しい様で不便ですね。一日に二度だけ正確に合う所がみそです。

2007年5月 5日 (土)

春なれど

春の陽にうつらうつらとまどろめど心は遥か冬の枯れ山

ゴールデンウィークに相応しく穏やかな良いお天気の中うつらうつらと寝てばかり。何故か楽しさは無く、体調不良の所為か、寂しさか、心は遥か木枯らしの音を聞きつつ冬の枯れ木立のなかをさまよっています。せめて国木田独歩の武蔵野のなかを歩きたい。座して四顧してそして耳を傾けた。みたいに。

2007年5月 4日 (金)

花の命

道端のタンポポやっと咲きおりて日々見守るに誰か摘み去る。

家の門の入り口にタンポポの芽が出てから、楽しみに待っていた甲斐が有り、つい何日か前に鮮やかな黄色の花を咲かせました。公道なので家の入口とは言っても誰の物では無いが、コンクリートと門柱の狭い間から芽生えて、成長し、けなげな花を咲かせた時は野草とは言え生命力に感激し、子供や心無い人に摘まれなければ良いと願って何時も見守ってきました。其れが今日見たら無いのです。自分の心を奪われたみたいにがっかり。願わくば小さい蕾が有るようなので、無事に花開いて欲しいと祈って居ります。今度は「この花おらないでね。」と札を立てたいくらい。

2007年5月 3日 (木)

笑歌2(掛け声)

ドッコイショ一二の三ヨッコラショこんな掛け声大事な力

老いと病気で動かない身体を一人で頑張ろうとすると、何時しかドッコイショから始まってタイミングを合わせるのに、一二の三と掛け声、はたから見ればさぞ可笑しいでしょう。でも此の掛け声が不思議と力が出るのです。
今ではマッサージの先生もベットから起すのに、タイミングと此方の呼吸と合わせるのに「一二の三」、楽に起きられるのです。車椅子から立ち上がるのも「ドッコイショ」。若い時はお年寄りがドッコイショと立つのを見て「年寄りは嫌だな」と思った事が有りますが、歳は平等、何時か歳をとるとこんな掛け声出てきて仕舞うのです。人前で言わなくても。何時までも若若しい方にはご免なさい。
今日は憲法記念日、良いお天気に恵まれ良い気分ですね。外出したい。

2007年5月 2日 (水)

内緒

内緒よと大事な事を聞かされて吾黙せしに何と皆知る

誌上には書けない事だけど、「内緒だけれど」と思いも寄らぬ事を聞き、信じられ無いが確かな所からそれを知りうる立場の方の言われた事だとのこと。私は此れは絶対に言っては成らぬ事だと子供にも言わず、墓場迄と黙していました。其れが看護婦さんから世間話の居りに出てびっくり。「それって本当?誰から聞いたの?」「公には言わないが世間の人皆知ってるわよ」。私は肩の荷は下りましたが、後日ヘルパーさんもテレビを見ながら、その事に触れられ、矢張り本当なのかな?と、でも未だ半信半疑です。
でも内緒と言う言葉、此れほど怖い事はないと思いました。今政治家や企業の間で、内緒だった事が大問題になって居り、正々堂々と正しく行い、叉は発表すればこんな問題起きないのに。ひょっとしたら隠れた流言飛語に成りかねませんので。内緒は日常良く使う言葉ですが必ず何処からかばれ、皆が嫌な思いをするのだから。

2007年5月 1日 (火)

いずくから湧き出るかは知らねども流す涙の涸れる事無し

嬉しいにつけ、悲しいにつけ、極めると涙が溢れる。人生長くなると其の機会も多く、私はどれだけの涙を流した事か。卒業式の友達との別れ、今考えると乙女心の純粋さだと思う、もう会えぬわけでも無いのに。娘が嫁ぐ時、教会の神様の前で嬉しさと感謝に涙が込み上げてたまりませんでした。父、母が亡くなったときも亡骸に取りすがって。友を失う度に、ペットが亡くなった時、自分が突然動け無く成った時、孫が志望校に合格した時、書けばいとまが無いくらい。でも一番清く美しいそして言葉に表せぬ感懐深い溢れた涙は、洗礼の神父様のお言葉とともに頬に聖水を受けた時です。でも未だに何か涙する事ばかり、涸れぬ泉の様に何処から湧き出て来るのでしょうか。

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »