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2006年12月

2006年12月31日 (日)

二年越しのお風呂

除夜の鐘聞きつつ入る二たとせにまたがるお風呂思い深きか

今年も今日で終る。いま除夜の鐘が鳴り出した。今からお風呂に入るが、考えてみたら2006年から2007年に掛けて今年の垢を落とし、新年に身を清める意味の深い入浴に成る。ゆっくり入り色々思い出に残したいです。
近所の観音様からも鐘が聞こえて来ます。もうじき新年。
今日もさっき今年最後の点滴が終わり、「病人にはお正月も大晦日もない」と、先生とお話ししました。

2006年12月30日 (土)

新しきカレンダー

新しき年に変われば良い事がある様願いカレンダー換える

今年も書き込み一杯のカレンダーは辛い病気の事ばかり、一年の病気と落ち込んだ心との戦いが詰まって居る様な気がする。今新しいカレンダーを手にして、「こんな書き込みばかりで無く、何か愉しい事で埋めたい。」そんな希望で取り換えた。でも叉頑張らなければ成らないでしょうね。
今日も点滴2回、血管が入る所無くて困る。病院がお休みになると、不思議に病気が悪く成る。でも家で皆と新年を迎えたい。

温泉

温泉にいれむと孫が迎え来るバスタブに香り紅葉浮かべて

いつも温泉のテレビを見ながら不可能な事と承知しながら、つい行きたくて、温泉に入りたいなーとこぼしてしまう。
側に居る孫は私の願いをきいてくれるが、さすがに温泉だけは無理だと思っていた。「ばば今日は温泉に入れるからね」と迎えに来た。行ってみたらばバスたブに何処かの温泉の素の香りと紅葉の葉が数枚浮かべてあった。本当の温泉の様な感覚でのんびり入りとても気持ちが落ち着き、孫の気持ちが嬉しかった、優しく気の付く孫に全て面倒を見ても貰っている。勉強が忙しく夜中に入る事が多いが。

今日から朝晩2回の点滴お正月を挟んで先生に申し訳なく感謝します。安静にしながら。

2006年12月29日 (金)

一年間

鈍行に乗った積もりの日々だけど着いてみたらば特急でした

毎日毎日起きては寝る事ばかり。治療も痛い思いだけで何の効果もなく、何処へも行かずだらだら何かを待って一日が長くどう過ごそうかと悩んで居た一年でした。でも今一年の区切り、年賀状を書いたりカレンダーの整理、来年の予定や孫達のお年玉の準備等して居たら、こんな事やったばかりなのにと一年の早さが感じられる。人生長い様であっと言う間かも知れない。一日を大事に生きなければと思う。
矢張り続けて頑張ると体調を崩し、気をつけなければと後悔。お正月皆に迷惑掛けないために。

恐れていた点滴今日から始まる、お正月をかけて、先生も覚悟なさって居たらしいが申し訳ない。悲しい。

2006年12月28日 (木)

あと幾日

カレンダーめくる事無く此の年も残れる日々を数えて終わる

後幾日とカレンダーをみていたら何か寂しい。ほとんどは病院や入院、点滴、薬、マッサージ、看護婦さん、往診、ヘルパーさんの事だが、毎月びっしりと赤や青などごちゃごちゃに書き込んで有る此のカレンダーにもお世話になりました。よくぞこんなに、こなしながら生きて来たと思う。疲れたのも当たり前、皆にそれだけお世話になって、来年は此の状態から脱出したいが願いどうりに行きそうも無い。とにかく力を出し切って頑張ろう。生かされて居る限り。
弱音は吐いても愚痴は言うまい。強く生きられます様にお祈りします。

2006年12月27日 (水)

雨ばかり

長月の雨にも勝る師走なり日差し少なく雨音ばかり

陰暦九月は秋の長雨と東日本は雨が多いと言われ承知して備えているが、師走は乾燥が多くお天気は良い筈なのに、今年は何故かお天気が悪く雨ばかり。日差しも少なく洗濯物が何時も家の中。今も雨音がうるさい位強い。
本当に地球温暖化の所為で自然が破壊された結果だとしたら大変な事だと思う。お天気だけは自由にならないが矢張り晴れて欲しい。神経の痛みには天敵なのだから。多くの人が痛みに苦しむ。

病院と先生を連れてハワイでも行けたら天国かなーとたわいない事考える。笑

2006年12月26日 (火)

報い

生き居れば痛みに耐えし報いあり好きなスポーツみな先にあり

こんな苦しみを持ちながらどうして生きなければ、等と思う事も有る。でも生きて居るからこそ味わえる楽しみも多い。スポーツが好きな私、フィギュアスケート日本大会、箱根駅伝、何と言っても野球が始まるのが楽しみ。それに亜細亜シアード、世界選手権等等。痛くて歯を喰い縛っても見ている。入院だけはしたくない。9時の消灯は嫌。
こんな事だけが生き甲斐なんて、今から駄目なんて思いたく無い。食べ物も食べられないけど、生きて居る限り下手なブログも書くつもり。宜しくお願い致します。      自分の足が信じられ無い良く転ぶ。大事に至らないが。

2006年12月25日 (月)

クリスマス

星光る聖夜に祈る心込めみ旨のままに平に生きたし

今日はクリスマスイブ子供が小さい頃はケーキが主役で色々ご馳走を作り、クラッカー等でにぎやかに過ごしたものでした。子供達はサンタクロースを信じて前夜から靴下を並べて親は悩んだものでした。今はケーキを食べるのは25日、イブは母子で教会のミサに行きます。今は私が行け無いので老夫婦二人で勝手に過ごしています。
私はミサに行けない分心静かに一人で色々お祈りしています。此の痛みも神の試練と思い耐えさせて下さいと。何時も危険を乗り越えて生かされて参りました。主人は無神論者の代表みたいな人で信仰の話はタブーです。25日のケーキがクリスマスですね。プレゼントはないけれど。平安に生きる事が何よりのプレゼントですね。
点滴も終わり何か痛みも和らいだような一日でした。お病気の皆様にも安らかな日で有ります様にお祈りします。


2006年12月24日 (日)

天敵?

電柱の烏一羽を攻めあぐね尾長群れ成し急降下せり

何と無く外を見たら電柱のてっぺんに烏が一羽、其の周りに6〜7羽の尾長が囲んで攻めている。烏は四方八方ぐるぐる回りながらカーア、カーアと威嚇している。餌の取り合いでもなし何故烏が襲われているのか、尾長がなぜ烏を襲うのか、原因は分からないが、壮絶な争いを見ていたら、尾長が急に作戦を変え一度に群れに成り烏に向かって急降下した。2〜3回繰り返していたらさすがに烏が逃げて行った。後を追ったかは分からないが、始めて野鳥同士の戦い?を見て考えてしまった。人間に考えられない鳥同士の自尊心?が有るのかなーと。

今日で点滴一応終わる、お正月に悪くならない様にお祈りする。   今日は短歌では無く面白かった事です。

2006年12月23日 (土)

力になれず

うずくまる人あり慌て手をかせど我車椅子助け呼ぶのみ

大きな病院の午後の予約は余り込んでいない。然し車椅子の私は邪魔に成らない様に誰もいない廊下の隅で待っている。
ところが側にいた人が急に蹲ってしまった。慌てて側により車椅子から下り「どうなさいました?」と声をかけたが
苦しそうにしていて動かず、自分の不自由を忘れ起そうとしたが私に力が無く覆いかぶさって仕舞い、私には力が無い事に気付き大きな声で助けを呼びました。幸い近くの受付の方二人が駆けつけ抱えて診察室に入られました。大声で来てくださった人が私に気が付き、手伝って車椅子に載せて下さったが、どうなったか胸がドキドキして。病院だから良かったとしみじみ思いました。それにしても起してもあげられ無く力になれなかった自分が情けなくなりました。  何時も家で一人でいる私も人事では無いけれど。  今日も点滴早く終わって欲しい。

2006年12月22日 (金)

星に願いを

悩みいる心重たく一筋の光の先にある星に告ぐ

人間特に病を持ち生きていれば色々悩み、迷いが有る。周りの人が色々心配して呉れ指針を与えて呉れるが、本人しか分からない悩みが重く心にのし掛かる。其の重荷は担って行かなければならない。現実から逃れたく遠い空の星に悩みを告げ心を癒す。星は冷たく輝いているけれど、きっと受け止めて呉れる様な気がして。

今日も点滴、年賀はがきも半分すんでほっとしました。 本当は年賀はがきどころではないのですが。

2006年12月21日 (木)

師走  病めれば

忙しき師走にあれば吾がものと思えぬ重き手足嘆かむ
毎日が日曜なれど自らが生きんが為に日々追われ行く

皆いくら時代が変わったと言っても12月の終わりに成ればお掃除、方付けもの、買い物等、何となく忙しく落ち着かない。元主婦の私は矢張り気になり、窓拭き等手伝ってやりたい事が一杯。悲しいが今の私には何も出来ない。
目をつぶっているしかない。毎日が日曜日の筈の私だが、せめて自分の事はと頑張って一日それだけに追われています。年賀状も絞っているが間に合うか心配。一言添えるだけなのに。

今日も点滴、終わるのを待って起き上がり出来る事をする。身の周りの事だけど病気に負けたく無い。

2006年12月20日 (水)

故郷

故郷を持たぬ寂しさ東京で生まれ育ちし我も孫娘も

そろそろお正月の話になる。マッサージの先生に「お正月は何方へ?」と聞いたら、「子供達を連れて故郷で過ごします。」と、当たり前の様に答える。看護婦さんに聞いても「親はいないけれど、兄弟やお友達がいるから故郷の青森に行く。」と言う。お盆休みも必ず同じ答え。主人も姉や幼なじみがいるので一年に何回も行く。でも私には実家も移り、親も主の弟もいないし、只父母のお仏壇が有るのみで、幼なじみもいなく懐かしい物は何もない。娘も孫も田舎を知らない。私には故郷がない。石川啄木では無いが、遠くに有りて思うもの、さえない。娘や孫に家に集まった時「あなた達は此処を故郷と思う?」と聞いたら、「故郷って田舎でしょう?」と、事もなげに答えた。帰る故郷が有る人が羨ましい。幼なじみと言う言葉も。
今日も点滴、血管を探すのが大変。看護婦さん曰く、「私のゴールデンフィンガーも鈍った。」

2006年12月19日 (火)

南天

南天を難を転ずと植えゆきし友逝きたれば朱実に偲ぶ

私が今の病で倒れた時、彼女は乳癌が治りお見舞いに来て下さり、南天を植えると難を転じるからと、次の日わざわざ南天の木を持って来て、私の為に植えて行って下さいました。今は大きく成り毎年赤い実を増やしています。数年前、其の友は癌の再発で亡くなって仕舞いました。私もお見舞いに行きましたが、最後まで明るく、私の病気を心配してくださり、本当に誰にも優しく得難いお友達でした。涙がかれる程泣きました。毎年12月には真っ赤な実がつき、私の胸の中で悲喜交々の思い出が湧いて来ます。
今日も点滴。先生と看護婦さんと色々心配して他の方法も視野に入れ、病院の先生とも相談するそうです。
本人の私は余り悩んでいないのですが、可哀想と言う感じ。申し訳ない、此れだけは頑張りようが無いので。

2006年12月18日 (月)

賀状

年賀状書きつつ思う空しさは病持ちいて目出度しと書く

今年も年賀状を書いている。今年が最後かなと思いながら。でも痛みに耐えながら、おめでとう御座居ますと書くのが何か侘びしい。どうやら此処まで生きて来られたからおめでたいのか、合う事も無くお世話にもならず只儀礼的に毎年下さる方にお礼を書いて、お返事も失礼なので生きている証明みたいに。親しい人に絞っても、来ればお返事と言う形に成るので。

今日も点滴、医師もあまりにも間隔のなさに薬を変える事等色々考えて下さる。点滴でも副作用が出るので。
お正月を心配したら医師だから我慢しないように何時でも電話下さいとおつしゃって下さり嬉しく安心です・

2006年12月17日 (日)

生存の証

生存の証告ぐるか白壁に赤き蔦あり木枯らしに耐え

師走の終わりに成ればさすがに蔦の葉も木枯らしに吹き落とされて、何時の間にか無くなってしまった。前の家の白壁に対象的な赤が連なり美しいと楽しんでいたが、もう無く成ってしまった。でも小さい真っ赤な蔦の葉が一枚だけ吾ここに有りと木枯らしにも耐えて、へばり付くように存在を告げて居る。何か痛痛しいが頑張っているのを見ていると落ちない様に祈る。絵に描きたい様。心配だが自然に任せるしか無い。

叉点滴が続くが仕方ない。治さないと。でも薬で治る病は幸せ、痛みが取れるのだから。皆脊髄損傷と薬の副作用だから此れも完全には治らない。自分の免疫力が落ちていて口が達者でも防げない。がんばりやだけど。

2006年12月16日 (土)

雀は何処

電線に雀の群れの見えずして何処に住むや此の寒空に

今年になって沢山いた雀が見えなくなった。今までは夜は家々の軒の下等に住んでいて、昼間はうちの庭にも私が
お米やパン屑等蒔いてあげたのをついばみ、電線に並んでいて可愛かったのだが、少なくなったと言うより全く見た事が無い。何処へ行って仕舞ったのだろう。此れから厳しい寒さが続くのに、矢張り心配です。世田谷は未だ野鳥が多い筈なのに、小鳥も住みづらい環境になったのか寂しいです。

今日もお天気悪く体調悪い、急救車の音が何回か聞こえる。皆も体調崩しているのだと思う。今日から叉点滴。
こんな短い間隔で抗生物質ばかり本当は望ましくないのだが他に薬ないので仕方ない。入院は嫌だから。

2006年12月15日 (金)

役に立つ事あり

物事の是非は問わねどたまさかに娘らの相談受けし時有り

こんな身体で生かされて居る事は、未だ何か役に立つ事が有るからだと考えて居る。人生長く生きて来ただけ経験から来る知恵だけは娘よりは有るのかも。矢張り色々世間並みの常識や料理や儀礼的な事など聞きに来る。今でも変わらぬ事等は自信を持って教えられ、此れでも少しは役に立てるのかなと思う。此れだけの事で生かされているとは思わないが。

矢張り寒さと気候の所為か痛みが酷い。他の方もきっと悩まれて居る方も多いと思います。お互い頑張りましょう。

2006年12月14日 (木)

心は離さず

あの世には何も持ちては行けぬなりされど見守る心持ちゆく

人間何時天国に旅立つかも知れない。今色々整理しながら、大事にして来たものも出てくるが、いくら価値有る物でも何一つ持ってはいけない。でも神様お願い、愛する孫や娘を何時も天国から見守ってあげる心だけは離さず持たせて下さい。形有る物は全て置いていきますから。

心が空に成ったみたい、何の欲も無く、飛ぶ鳥あとを濁さずじゃないけれど、きちんとして迷惑をかけない積もりで。それでもお世話になりますが宜しく。今は自分の責任の事で忙しいの。お正月たのしく話しましょうね。

2006年12月13日 (水)

祈り

闘病の鎧を脱ぎて祈り居り戦う武器を吾は持たねば

長い間闘病生活と自分でも、他からも思われて居た。何の治療法も無い今戦う意味はない。闘病生活から脱し、長い間がんじがらめの毎日から開放され、有る意味で楽に成った。言葉には言い現せない痛みに耐える事は辛い。けれども生きている証拠と思い神のみむねのままに、大切に生きて生きます。今まで本当の事をはっきりおっしゃらなかった医師の方々の温情に、今は感謝して居ります。もう先生方に痛み、苦しみを訴え困らせる事は無いと思います。家でも今は何も言いません。がんばりやだから。 

2006年12月12日 (火)

冬の雲

冬の雲垂るるが如く覆いいて高きビルの灯朧げに見ゆ

お天気の所為か冬の雲はどんよりと覆いかぶさる様に感じる。何時もは高いビルの明かりが遅く迄はっきり見えるのに雲に覆いかぶさられ霧に包まれた様にぼんやりとしている。雨戸を閉めながら冬の暗さを感じた。
お天気か、気圧か、○○前線のせいか、はた気流の所為か分からないが寒さも加わって一年で一番痛みの強い季節を迎える。覚悟は出来て居るが。                (star86の86は私が洗礼を受けた8月6日の86です。有る方に年齢と間違えられましたので。)

2006年12月11日 (月)

自分への責任

人生の締めくくりにて病あり一日一日の重たきものか

今まで一日がこんなにも重く感じられた事がない。只あるがままに、何時までも同じ日が続くものと安易に感じていた。然し未だやり残した事が多い。どれだけやれるか分からないが、締めくくって逝きたい。
愉しい事も、苦しい事も素直に受け入れつつ。

2006年12月10日 (日)

捲りし跡

古文書のめくる隅の染みありて数多の人の学びし跡か

江戸時代の古文書を読んで居たら、何百年もの時を経て一人一人のひとが捲ったあとが薄い染みになって残って居た。あの頃は本を大事に扱って、多くの人も習い、夫れを今に至までどれだけの人が読んだ事か。私もそのうちの一人に入るのだが。中々元本には手を触れられ無いので、手を洗って大事に後の人に残して居るが、捲る度にめくりあとの汚れを見ながら、今までどんな人がどの位感動して読まれた事かと胸が熱く成った。内容は今より優れた感動する事が多い。 古典は常に新しい。

2006年12月 9日 (土)

蜘蛛の巣

吾が家と隣の木々を紡ぎ居る大き蜘蛛の巣主は何蜘蛛

何時頃かはっきり分からないが家のベらんだから、隣の家の塀から顔を出して居る木の枝と家の屋根を結んで何本か蜘蛛の糸が渡っていた。夫れが何時の間にか細かく編み目も揃って大きくなり1.5メートル以上の立派な蜘蛛の巣ができ上がった。他の部屋から死角に成るが、私の部屋からだけは良く見える。何か建築が出来上がるような楽しみで見ていた。
蜘蛛の巣は大きく、丈夫で雨にも負けず、強風にもびくともしない。陽が照と美しく輝いて見事な芸術だ。
所どころにもう餌がかかっている。大きいので何の蜘蛛が主なのか分からないが、こんな大きな巣だから女郎蜘蛛かな?と思って居る。誰かが見つけたら壊されるに決まっている。何時無くなるか分からないので私の秘密。
お天気の所為か痛みが酷い。ケアマネが見えたが、もう病気の事は一際言わない事にした。我慢。

2006年12月 8日 (金)

控えめ

寒増すもわが家の紅葉控えめに赤とは燃えず色の優しき

観光地の紅葉はとおに落ち葉に成ってしまったらしいが、わが家の鉢植えの紅葉は此の寒さでやっと、こうようしてきた。然し真っ赤には成らず、黄色とオレンジと薄緑の入り混ざった、なんとも言えない柔らかい美しさ。育てた私が余り個性が強くないからだろうか。食べてしまいたくなるほど、美味しそうな可愛い色です。此のまま変わって欲しくない。来年も眺められるかなー。
(点滴今日で終わりました。次は何時かなと思うがお正月だけは避けたい)

2006年12月 7日 (木)

生き様

青春を悔いなく生きた吾なれど今残せし事有るやも知れぬ

この年になると自分の生き様を「過去」「現在」そして後少ない「未来」と、色々考える。
戦争の後か青春時代はおおむねやりたい事、学生時代も情熱的に将来に希望を持ち悔いの無い生き方をして来たと思う。然し運命の分かれ道、医師のミスで夢も希望も生き甲斐も全て奪われ、苦しい晩年を諦めばかりで頑張って精いっぱい生きて居る。もし心次第でやらなければ成らない出来る事が有るかも知れない。皆に助けられながら生きつつも。  反省しつつ。

2006年12月 6日 (水)

文書けば身体の痛み強まるが思い伝えて心安らぐ

筋肉の萎縮で久しく手紙を書く事も無くなったが、大勢の友や親戚の人から沢山お手紙が届き、返事は入りませんと書いてあつたりしてつい甘え何時の間にか一杯になった。電話で済ませる方には体調の良い時にかけ、ワープロで済ましたり、なるべくお返事だけは心掛けて居ますが、どうしても時間帯で電話がかけられず、ワープロで済ませない方に、今日は思いきって手紙をかきました。なるべく以前の私の字で書きたくて時間をかけ、休みながらもどうにか和紙の便箋と封筒に満足行くように書けましたが、腕の筋肉が痛く肩も痛く。でも此れでお友達も安心して下さると思うと、今迄気になっていた心が休まりました。それにしても私達の年になると、パソコンをなさる方が居ません。こんなに便利でメール等は早いのに、いくら言っても敬遠します。残念ですね。ゲームも楽しめるのに。

2006年12月 5日 (火)

星状節神経ブロック

萎縮せし全身を汗垂れ撫で呉れし麻酔の医師有り生きねばと思う

脊髄損傷の検査の結果治療法が無い事が分かり、血行障害を少しでも良くする方法として麻酔科で首の動脈のそばに有る星状節と言う☆の形の神経の集まっている左右に一ヶ所づつある其の神経に麻酔でブロックを200回受けました。
交感神経か副交感神経かどちらか忘れましたが麻酔をかける事により、そこで血流をコントロールしているのを止めて、自由にざっと血液が体中に流れて短い間だけれど血行をよくする方法で、高い技術と経験のある医師で無いと出来ないのです。外した場合は麻酔の切れる迄、顔から胸が冷たく感じが無くなるのです。打ったあとは30分休んで帰ります。
神経を使って注射をしてくださり終わったばかりなのに、其の先生は休んでいる間の時間、私の萎縮している体中を、汗びっしょりかかれて撫でて下さいました(痛んだ筋肉強くは揉めないので)。少しでも良く成る様に、側にいた看護婦さんも先生を習って足の方を揉んで下さり、辛くて死にたい等と思って居ましたが、此の先生の汗を見てこんなに心配して下さるのにとんでもない心得違いに気が付き、頑張って生きなければと思いました。其の先生の時は何時もそうして下さり心から感謝しております。
(今日書いた歌も定型外ですが清水先生が読売歌壇に取り上げて下さいました。)

2006年12月 4日 (月)

籠れば

難病に 老いの齢の 重なりて 
籠ろふ窓に 春の待たるる (心は若い積もりで居るけれど)

木枯らしの強い冷えた日は、窓の外を眺めるだけで寒々として、此れから来る冬の本番が思いやられ、何と無く外にも出られず心が重い。未だ冬の入り口だと言うのにもう春が早く来ないかなーと思う様に成った。
本当は外に出たいので其の裏返しかも知れないが、つい籠りがちになるので。家の中で日なたぼっこなんていうのもいいが、私の性に合わない。長い冬だから。
今日も点滴。先生と雑談しながらアジアの国の抱えて居る難題や世界の国の平和等色々考える。その反面、スポーツの観戦の楽しみ等。点滴を受けている人の話とは思えないですね。

2006年12月 3日 (日)

命名

新しき 痛みの出でて 叉一つ 病名増える 年をとる如

今迄無かった痛みが出て暫く様すを見ていたが増すばかり、診察の日に報告の積もりで痛みを訴えたら
先生が○○性筋膜炎と病名を付けて下さった。説明を伺っても何かぼかして、はっきりとおっしゃらない。
私は治す方法が無いからだと知って居るので別にそれ以上求めない。一応治療法を聞いたら、インデバンを
塗って湿布をして冷やさない様にと当たり前の事を。でも最後に肩を叩きながら、「貴女の痛みはモルヒネで
無いと効かないんだよ」おっしゃった。どうだった?と皆に聴かれて病名を言ったが分からない。私も分からないの
だから。そして一度増えたら減る事は無い。年と同じに。  痛いですよ「足を脛から切り落として下さい」と真剣に頼んだら「ヱ丿ケンさんも昔無い足が痛いと言ってましたよ」とおつしゃった。のでもう言いません。24種の薬貰って帰る 内科の先生が一番大変他の科で出された薬の副作用。全部処理しなけれな成らないので。

2006年12月 2日 (土)

本音2

美しき 夜空を仰ぎ 探し居り 吾が住む星を 何処にせしか

星空を眺めて居ると何時かはあの星に住みたく思う。沢山有る星、あの世に行って迄も大きな都会に住みたく無い
だから金星とか木星とか目立つ大きな星は選ばない。目立たない、でも美しく輝いて居る小さな星にしたい。
孫に「ババはあの星にいるからいつでも会えるよ瞬きするからね、そしていつも見守ってあげるからね」って言ったら
「ばばのお墓教会に有るじゃない」と言われた。「今は宇宙に行ける時代、星に別荘を持つの」といつの間にか全く
本筋からそれて現実の話になった。でも現実から逃れたい、今はそんな心境です。
(体力が無いのと免疫力が無いのと色々病気の進行に重なって叉昨日から点滴が始まりました。何時もの繰り返しだけど。針差すのは何でもないけれど、血管が差す所無くて先生にお気の毒)

2006年12月 1日 (金)

本音1

良き夢を見つつ行きたし黄泉の国途中下車無く起されもせず

お天気の悪いこの頃は痛みに耐えられ無く、薬も無く、睡眠薬で寝ている時が一番幸せ、夢は健康な時の愉しい事が多い。其のまま目が覚める事無く、父や母のいる本当の天国へ行けたら苦しまなくて良いなと思う。

(良き夢を 見つつ行きたし 父母の待ち居る国へ途中下車無く)変な歌書いてご免なさい。今の心境です。

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