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2006年10月

2006年10月31日 (火)

罪の無い話

物忘れ強い世代が集いいて昔話もちぐはぐ続く

久し振りにお友達がお見舞いにと数人来て下さり、夫々持つ病を一通り披露し終わり、懐かしい昔話に花を咲かせた。「そうだったかしら?」「そうっじゃないこうよ」 私も記憶違いが有るか知れ無いが、夫々が知る限りの事を話すので、どれが本当か今となっては分からない。若い時と違い議論にはならず、只自分に都合良い事だけ取り入れて、何時までも同じ話の繰り返し。でも笑い声を弾ませて「叉ね」って帰られた。とりとめも無い話に私も楽しみました。

2006年10月30日 (月)

風音

ぬばたまの夜半に目覚めて萎えし身をさすりつ荒き風を聞きおり

夜中に強い風音の所為か、ふっと目ガさめて、何故か眠れずする事も無く寂しくて、木木の擦れ合う強い風の音を
あれこれ先の事等考えながらぼんやりと聞いていた。何時止むか分からない風音を・(さすりつつ)とした方がいいのでしょうか?)

2006年10月29日 (日)

万両

新しき白き花持つ万両は代を譲らず朱実目を引く

今年も万両に白い花が目立たない様にひっそりと、だけど花数は沢山咲きました。先代を引き立たせる様に今は
実になる準備に忙しい。まるで人間の世界の様に思えて面白い。今は二代目前の真っ赤な実迄たわわに秋の陽に
映えて美しい。

2006年10月28日 (土)

思い叶わず

設計図我が城となる厨には気を遣いしが立つ事も無し

やっと自分の意見を取り入れられ、思い通りに終の住み家と なる台所には使い易い様に、色々考え建てた今の家。
でもでき上がった頃から体が効かず、お城を明け渡しました。残念です。今は主人の使い易い様にさま代わりしました。  せめて自分では出来ないが、娘達に美味しいものを作って貰って食べたいと思います・

2006年10月27日 (金)

通り雨

通り雨過ぎ去りし後の置き土産木の葉の巡りダイヤ煌めく

アット思う間の通り雨、窓を閉める間もなく通り過ぎてしまった。
雲の去った後太陽が顔を出し、木の葉の周りに水滴が行儀良く連なり、
陽に照らされてダイヤモンドより美しく煌めいていた。
一つも落ちる事無く見事な輝き暫し見とれて居ました。
これぞ自然の美しさ、花火の様に消えないといいのに。

2006年10月26日 (木)

薄れ行く感動

感動の薄れ行かむを惜しみつつ時折り昔のジャズを聴き居り

闘病の日々に明け暮れて、何時までも若いつもりで居たのにこの頃は、笑顔も忘れテレビのお笑いも全く面白く無いし、考える事も夢がない。此のままでは毎日落ち込むばかり大好きなジャズのCDも好きなバンドの曲も歌も沢山有る事に気が付き、久し振りに聴いたら、肩で踊って居た。音楽の楽しみを忘れていました。

2006年10月25日 (水)

とりかぶと

紫のふくよかな花持つとりかぶと根に猛毒の咎を持ち居て

主人が近くの園芸店で、トリカブトを買ってきたと言うので、恐ろしい事件の事を思い出しドキッとして見たら、
「何と美しい花だろう」と魅せられました。
「きれいな薔薇には棘が有る」と言われるが、此の美しい花の根にあの猛毒なんて、誰が気付いたのだろう。毎年此の時期に紫の花の房が見事に目を奪う。苦しい時良からぬ事一寸思うが。夫れは魔力か?

2006年10月24日 (火)

ストレス

耐えがたき思いを持ちて草をひく断ち切る如し秋雷響く

人間幾つになっても、悟りを開き、穏やかな心になれないものかな?
つい溜まりに溜まった感情を吐き出したくなり、手の届く草を思わず引き抜いていたら、急に秋雷が轟き手を休める。其の音で自分の心をおさめた。
スレスを吐き出せたかは、未だ分からない。

2006年10月23日 (月)

老いてなお

相入れぬものを持ちつつともに老い夕餉の話題孫の事のみ

若い時はお互い華やいで青春を楽しみ、趣味や甘い将来の夢ばかり見ていた。結婚し、少しづつ価値観の違い等に気が付き、でも主婦だから、母だからと、全て内に収め、どうにか子供も成人し夫々家庭を持った。
そして気が付いたら共に老い、叉二人の生活に戻った。然し何時の間にか目に見えぬ透き間が出来た。私一人感じて居るのかも。私が病気になった事もあるが、老後の趣味も全く違うので行動が別々。只共にする夕食の会話。相通じるのは孫の事だけ。寂しいですね。

2006年10月22日 (日)

覗く猫

秋の陽は早くも落ちて五時前にま暗き窓外猫と目が合う

誰もいない。窓の外をぼんやり眺めて居る毎日。秋になって日の入りが早まり、まだ五時前なのに外は真っ暗。
なんと無く、暗い外に目をやると、じっと野良猫がこちらを覗いていた。
一瞬ドキッとしたが、向こうも寂しいのだろう。私も寂しい。思わず笑顔を返した。其のまま猫は、脅える事なく何処かえ去った。入れてあげたら喜ぶだろうな。

2006年10月21日 (土)

病気の問屋(笑)

手をこまね病気の問屋と医師の言うだったら卸してと我は答えた

あまりにも多い病状に「これ以上薬出せないし、本当にあんたは病気の問屋だね」と笑いながらも色々考え、困った顔でおっしやる。私も本当は悲しいのだけれど、「先生 これ以上抱えきれないから、少しでもおろして(卸して)下さい」とお願いしました。「そう出来ればいいのにね、誰も引き取りてが無いよ」思わず顔を見合わせて笑って仕舞いました
長い、長い、先生と、患者との信頼の上の会話。  本当は私自身から逃れたい私。

2006年10月20日 (金)

本当の理解

頑張って居るねと医師の声聞きて涙あふるる医師のみぞ知る

他人には到底分かって貰えぬ、脊髄損傷(頚髄、腰髄両方)の麻痺と激しい痛み同宿の苦しみ。
どうせ分かって貰えない病気、よほどの人以外には弱音は吐かないし、病気は話題にしない。口だけ残されたので、おしゃべりはする。だから、こんなに苦しんでいる事は知らない。
でも長年診て頂いている先生だけは、此処まで来てしまった私に暖かい言葉、対処療法もして下さる。
たった一言「頑張って居るね」と優しい目で言われて。思わず涙が溢れました。

2006年10月19日 (木)

秋晴れ

秋雨の音漸うに遠のきて中秋の陽にコスモス囁く

台風も加担して降り続いた秋の長雨も、ようよう本当にあけた様青い空が美しい。しめりこんでいた、心も華やぐ。
狭い庭の鉢植えだけど、秋の代表の様なコスモスの一群れが、揺れて何か囁きあっている様に美しい。私の心も中に入り込んで、其の囁きを耳を済ませて聞いて見たい。


Akibare

2006年10月18日 (水)

思いは残る

身辺を整理せねばと文の束読みつつ燃やす秋の夕暮れ

捨てられずにため込んでいた、自分だけしか分からない思い出のしみ込んで居る身辺の品々。そろそろ整理をしなければと何時も気になっていた。これ以上動けなくなったらきっと後悔だけ残る。大体は整理し終えたのだが、最後に親しい人からの手紙だけは捨てられずに居た。
然し限界を感じ、思いきって手伝って貰い、案全を確保し燃やした。一枚ずつ、懐かしい思い出の詰め込まれた文を、読みながら・・・。今は亡き友の文もあり、身を削られる思い。窓外は微かに茜雲が薄れつつある秋の夕暮れ。

2006年10月16日 (月)

大仕事

一仕事した後の様に安堵する数多い薬飲み終えし時 

今は薬で生かされている。24種類の薬を朝14種類、昼5種類、夜8種類、寝るとき5種類、そして夜中に1種類。どれも無くてはならない薬。
他の病院に行く時は必ず「どんな薬を飲んでいますか?」と聞かれるが、自分でも急に出てこないので、ワープロで打ったリストを持っている。ご覧になった先生は皆びっくりなさる。だから朝等数が多いので飲み終えた後ほっとする。
こんなに沢山飲んでいても病気は治らない。薬疹も出るし。「みんな飲まなかったらどうなるだろう?」と考える事もある。本当に困った病気です。(薬でお腹一杯、水も飲むので。)
こんな思いをしている人、他にもいっぱいいるのかなー。でも頑張っています、だから「がんばりや」って名前なの。

2006年10月15日 (日)

夜半に目覚めて

ふつふつと思い湧き出ずるものありて夜半に起きいで文書きつづる

何時も夜型だが、眠剤飲んでも眠れず、色々考え事していたら、あれやこれやと書き残したい事等が浮かび、夜中に起きてパソコンの中の日記に書き込んでしまいました。誰もおそらく読む事無いし、たいした事では無いかもしれないが。子供達に思いを残したいからか?      少し弱気になったかな。

2006年10月14日 (土)

秋桜

秋桜をこよなく愛でし友の逝き美しく咲くを見れば切なし

数多い花の中でも、中秋に美しく可憐に咲く秋桜は、誰にでも愛される花です。お友達がわたしのお見舞いに自分の一番好きな花、貴女にもと秋桜の花束を、持って来て下さいました。勿論私も大好きな花。秋桜とともに季節も運んで下さり、二人で秋桜を眺めながら愉しく語らいました。
そんな「叉ねッ」て笑って帰られたお友達が急に天国に召されました。お見舞いを受けた私が、苦しみながらも未だ生かされて、今年も叉美しい秋桜を眺めて居ます。でも今は只の秋桜では無く、友の笑顔が思い出され悲しく切ない花になりました。来年の秋もまた、秋桜を見ることが出来たならば、此の胸の切ない思いを味わう事でしょう。ご冥福を心から念じつつ。

耳を澄ませば

夜も昼も  床にありては  街中の
様々な音  生活の匂いす

一日中寝ている私。耳を澄ませば今まで余り気にしなかった、音、バイク、車、子供の泣き声、建築の騒音、前が公園なので子供達の遊び声、子供を叱る母親の声、竹竿売り、ヘリコプター、豆腐屋のプープーの笛、男の人のだみ声、犬の吠え声、何か落ちた音、家に入って来た人のピンポン、等一日中絶え間なく聞こえてくる。
これが生きている生活の音なんだ。静かに一人寝ていて、寂しい日日を過ごして居たが、耳をすませば、私も外に出た様な、生活の匂いが感じられる。 kajin hiro-t.さんのブログのように音楽のセンス無いから、私は音から活気を感じるだけだけど……
(今日関東病院で高周波熱凝固法という新しいペインクリニックを受けて来ました。効果を祈りながら。)

2006年10月13日 (金)

妻の座

声荒げ諍いし昔の懐かしき今は黙して只耐ゆるのみ

昔は元気で子供達にも「悪い事は悪い」と叱り、夫にはあまり妻は何でも口答えはしないものとは思っていたが、たまには「白い物は白い」と言葉も返し、夫婦喧嘩もしました。でも「老いては子に従え」と言う言葉も有るが、「自分の頭の蝿も追えない癖に余計な事は言うな」と夫に言われ、全て人の世話になっている今、思う事や話たい事は山ほど有っても余計な事だと皆心に収めて我慢してしまいます。心の中では「頭と口しか残って無いのに・・・」と寂しい思いもありますが。
でも例外。やはり娘や孫、お友達とは。主人のいない所では、積もり積もったもの吐き出しています。余り長い病気をすると、主婦の座も妻の座もなくなり寂しいですよ。母の座は有るけれど。

2006年10月11日 (水)

顧みて

生きて来し人生を静かに振り返る取り戻す術無き悔いも残れり

毎日床にあっては、先の事より思い出に耽りながら過ぎ去った今までの人生を、反省を込めて振り返ることの方が多い。若さ故の失敗、選択肢の誤り、心配りの足らなさ、もっと親孝行をすれば良かった等々悔いも残る。
でも悔いばかりでは無い。愉しい事も一杯有った。青春を謳歌したこと、自己中心の議論を戦わせたことも、今思えば恥ずかしい。
人を恋し、家庭を持ち、母親になり今は子供、孫、に恵まれ、計画通りに行けば実りある人生を送れたのだが。今は精いっぱい与えられた残りの人生を悔いの無い様に頑張って生きて行きたいと思う。あの厳しい戦争を乗り切って来たのだから。

笑歌

ピロリ菌退治したれど生き残るピロリとゴキブリどちらが強いか

今日は短歌?お休み。実は病気の性質上、普通では飲まない薬を沢山飲んでいるので、胃の方も大分やられ
その上ピロリ菌の数もばっちり増え、胃の萎縮があり、
此のままだと癌になると、ピロリ菌退治で痛い胃を更に苛めて大変な思いをしました。
楽しみにしていた結果の日、未だ生き残ってると言われ、もう嫌だと諦めました。
話は変りますが、ゴキブリ、動けない私の前を大威張りに通り、頭に来て、ゴキブリ退治を徹底的にして貰いました。
しばらく様子をみせませんでしたが、何と叉出てきました。退治は無駄。どちらも強く厄介。本当はどちらが強いか考えてしまいました。比べ物にはならないけれど、たまにはくだらない事に悩むのもいいでしょう。

2006年10月 9日 (月)

友の文

枕辺に日々溜まりゆく友の文涙こらえつ繰り返し読む

皆「お返事は入りません」と書かれ、本当に書けなくなった今は、友情に甘え唯々読むだけ。
絵の好きな私に、旅先叉は絵画展等から細かい説明文を書いて絵はがきを、
叉はお友達の近況や昔の思い出話等、少しでも私の気が慰められればと、色々のお友達から毎日の様にお手紙が届き、そして必ず「痛みが楽になります様にお祈りしています」と綴られる。
昔は筆まめな私、すぐにお返事をこちらからも楽しく書いていたのに、本当に情けないと思う。
この年になると、パソコンをやるお友達がいない。メールならお返事書けるのに。心の籠ったお手紙、何回も何回も繰り返し読みながら涙がでてくる。心配をかけてばかり申し訳なく、感謝しています。

2006年10月 8日 (日)

小さい紅葉(モミジ)

小さきより育てし鉢の紅葉ばが色づき始め我を慰む

此の地に新居をかまえた時、そう、40年前、道路に並べた植木屋さんから、350円で変哲も無い小さい鉢植えのモミジを、衝動的に買って来ました。毎日、水をやり育てていく内に、「私のモミジ」と可愛くなり、少しづつ枝ぶりも出来て木らしくなりました。そして新芽が出る時は赤く、秋には一人前に紅葉する様になり嬉しく眺めていました。観光地のスケールの、大きなモミジには叶いませんが。
でも病状が進み、家に籠る様になり、今は鉢植えながら、立派に色を変えながら、秋が深まるごとに美しく紅葉し私を暫し陶酔させ、心を慰めて呉れます。一年の内此のたった一本の鉢植えの紅葉しか見ませんが、充分秋の美しさを味わっています。子供の様に愛を持って育て、一人前に紅葉と呼べる今、可愛くて、嬉しいですね。

夢が叶った

我が願い察せし娘らに連れゆかれ父母の墓前に手合わせ来る

今日は昨日迄の雨が信じられない様な、本当の秋晴れ。
世話をかけている私。父母のお墓参りに行きたくも、忙しい人達に言えなかったが、常に行きたいと、特に父母の夢を見たときは強く思っていた。
それが二人の娘が旦那様の車で何処へ行くかも教えず、まずお墓参り。
久々の夢が叶い、お墓の前で手を合わせ溜まっていた話を心の中で思いきり話し、涙があふれました。
帰るのかと思ったら縁のないと思っていたアクアライン、海蛍、東京湾を360度。初めてでびっくりすることばかり。そしてさらに富津海岸岬、お天気の所為で見た事もない美しい海を目の前に、もう言うこと無し。海の香りが心にしみて叉涙、その後中華街で美味しいお粥。三人で車いすをあげたり、下ろしたり大変でしたが、楽しい買い物もできて夢ではないかと、つねつて見たくらいな、今日一日の出来事。夢が全部叶い感謝いっぱい。然し、家に帰って見たら不思議、今までかけて出た事の無い亡き父の合わない眼鏡を、今日一日かけていたことに気がつきました。お父さんが喜んで呉れたのかも。こんな難病の夢が叶うなんて。知らなかったのは、私だけ。本当に皆皆有り難う。

Futtsu

2006年10月 6日 (金)

何か約に立てないか

様々な世の出来事に腹立てど籠りし我に関わりなきか

ニュースで叉?と、驚き、悲しむ出来事があまりにも多い。原因は何だろう? 天変地変も全く私達に関係無いとは言えない、然し事故、殺人、等其の動機もあまりにも残酷で此のままではいけない。
親は慈しみ、子を育てて来た。教育も受け、善悪の区別もついて入る筈なのに・・・自分の身も侭ならないのに、どうしたらいいのか真剣に考え心配して心が痛い。せめて自分の孫達にはと、折りに触れ色々話し合う。人は一人では生きられない。
学生時代に校長、戸田貞三先生に  
限りなき  世界を分けて  人と我
と卒業の思い出帳に書いて頂いた言葉を思い出す。 
どうか世界中、幸せな人生を送れるような、世の中を作れる様に心からお祈り致します。

季の移ろい

籠るれば季の移ろいを空と風庭の木の葉の色変りて知る。

何時の間にか、あっと言う間に秋も半ば、寝ていると、一日が長く、マッサージの先生だけが待ちどうしい毎日。
看護婦さんは点滴、ヘルパーさんはお掃除や身の回りの事、感謝して居りますが、苦しさは取れません。でもマッサージの先生は痛い所を心を込めて揉んで呉れますので、他に治療方が無いので未だ治療を受けて入る希望が持てます。
後は只一日を、何を待っているのか分からないが、時の過ぎるのを待っている毎日。
でも今は、何か出来る事をと、前向きに生きています。自然の美しさはやはり四季の変りを楽しむ事ですね。様々に変わる、窓の外を毎日眺めて。少しの違いでも見逃さないで鑑賞にふけっています。あっと言うまに叉冬が来ますね。

2006年10月 4日 (水)

力試さん

限りある命なりけり燃ゆるもの燃やし尽くさむ生あるうちに

人生計画通りには中々行かない物ですね。私も色々生き甲斐も考えてやって来ました。然し、子育てが終わったらと言う晩年の計画は、好意の医療ミスとは言え思わぬ脊髄損傷という一生の重荷を背負い、全て叶わなくなりました。医師は只進行とだけは告げて、良くなるから頑張ってと励ましのつもりか、こうなるからと、本当の事を教えて呉れない。他の病院で、今度新しいペインクリニック治療で検査を受け、手の打ちようの無い事を告げられ、やっと現実を見つめ納得しました、大きな時間を無駄にしたことも。それで遅いけれど未熟だけどブログ等に挑戦しました、お陰で生き甲斐の一つになりました。まだまだ残された力と知恵を振り絞り、生一杯頑張ります。

2006年10月 3日 (火)

夢の中の夢

夢中の我は山野を駆け巡る目覚めて暫し夢の続き追う

今日は楽しい夢を見ました。紅葉の美しい山をお友達と元気に駆けながら、あちらこちらと思いきり走り周りました。目が覚めて、「ああ、夢か」と気がつきましたが、もったいないので、夢の中に戻りその続きに浸りました。
歩ける時は歩かないで、歩け無くなった今はお使いでも散歩でも何でもいい、何処でもいいから歩きたい。
小さな赤ちゃんが、細い足でちょこちょこ走っているのを見ると、思わず不思議でみつめてしまいます。
私にはこんな大きな立派な足があるのに、立つ事も歩く事も、ましてや走る事も出来ないなんて。
過去の事はみんな夢。何処かへ忘れて、置いて来ちゃったのかな、どうしても探せない所へ・・・

2006年10月 2日 (月)

若いつもりなのに

久々に逢いたる友の深き皺老いて見ゆれど我も同じか

お友達が久しぶりに、お見舞いにと訪れて下さいました。嬉しくて思わず声を上げてしまいましたが、美人で健康な彼女も皺が増え、別人みたいに老けた感じに。嬉しくて病も忘れて、残された口のお陰で懐かしく昔話に花を咲かせました。
私は自分は若いつもりでいたけれど、人から見たら、やっぱりおばあちゃんに見えるのかなと、今更ながら歳を認識し、鏡を見直しました。
看護婦さん、ヘルパーさんが若いとお世辞を言ってくれているし、何もしないで病人長くしているから歳を取らないつもりでいたのに、がっかり・・・ 
病気は不平等、歳は平等?  残された人生頑張って、気持ちだけでも健康で若く生きよう。

2006年10月 1日 (日)

人恋う秋

若気にて人恋う秋と憂いしが老いて籠ればなお人の恋しき

若い頃は、別に恋しい人がいたわけでは無いけれど、センチメンタル?恋に恋する恋心とでもいうか、秋と言う季節が何となく切ないあこがれで、いくつも詩や歌を書いた物でした。
今でも病気を除けば、一年で一番好きな季節です。
出かけられ無くなり、会いたいお友達も歳を取り、夫々に方々にガタが出て外出しにくく、来て貰うのもはばかります。寂しいですね。
今は秋雨と言う天敵が訪れて困っています。
人恋う秋 思い出は清く切なく懐かしいもの。。
(現実はこれから点滴が始まります。先生だけど、おしゃべり出来ていいかな)

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